第5話.追跡する影
目の前に現れたのは、石造りで中世の城塞都市の様な外観をもつ海底都市でした。
周囲を城壁に囲まれた都市の中央には神殿のようなものが見え、周囲の建物に比べて随分大きいことからこの都市の心臓部であることが伺えます。
しかし、それら石積みの角度が少しづつずれていて、平衡感覚が狂って頭痛がしてきそうです。
事実、極大の頭痛が私を襲っていました、但し、原因は別のところです。
「あんたは何でこうも後先考えないのよっ」
ヴェルナーのグリグリ攻撃が絶賛炸裂中です。
「いたっ、いたいよ。別に悪気あったわけじゃないんだよ。ただ何となく...」
「何となくで訳の判らん神殿へ引っ張っていくのか!お・ま・え・は!!」
グリグリ攻撃の圧力が、『お・ま・え・は』の一言ごとに上がっていく。
「マスター、落ち着いてください。ここで言い争っていても仕方ありません。先ずは此処を脱出する方法を考えないと...」
「『南緯47度9分、西経126度43分』というと『ルルイエ』の場所と重なるな。まさか、あんなタブロイド誌の情報に真実が書かれていたなんて驚きだよ」
はるかちゃんに向かって、普通に会話しているあいだにも、私に対する折檻は止まない、そんなんだと私泣くぞー。
「いたい、まじで。これ以上は世界の至宝、私の大事な脳細胞に重篤なダメージが...」
「...よく聞こえないな。もう一度言って見てくれる?」
にっこりと笑いながら頭蓋骨にかかる圧力が更に増すヴェルナー、マジに限界、こうなったら非常手段を発動します。
グリグリ攻撃の起点となっている二の腕を『むにっ』とばかりに摘んでやる。
「ひゃんっ」
一瞬力が抜けたところでグリグリ攻撃から抜け出す。
「ふふん。貴方の弱点は全部知ってるんですからね。お次は何処を攻めて上げましょうか?」
「くっ、卑怯な」
頬を赤く染め私を睨みつけるヴェルナーとの距離を、手をニギニギしながらじりじり詰めていく。
唐突にあらぬ方向から声が上がります。
「『お前の弱いところは全て知っている』なんて...やっぱりヴェルナー様誘い受け説が正しかったのですね」
いや、そんなことは言っていないって。
ぶつぶつ言い始めたアオちゃんは、いきなり顔を赤くし「はうっ」といって倒れた。
慌ててアカが、アオちゃんを抱きかかえます。
「変な誤解を受けるだろうが!!」
ヴェルナーは、腕を掻き抱きながら潤んだ瞳で抗議をしてきます。
あんたのその態度が、さらに誤解を生むでしょうが。
まぁ、冗談はさておいて長居したいとは思えない場所なので早々に引き上げることにします。
「アルバコア浮上」
復活したアオちゃんを加えたドールズの操船で海上までの浮上を開始する。
「のどかちゃん。あそこに誰か居ない?」
ディスプレーの影を指差すアカ。
アカの指差すところによく見ると、確かに人型の何かがある。
但し、周りの建物と比較するとちょっと大きすぎる。
「石像か何かじゃありませんか?ほら神社とかの入り口によくあるでしょ」
「でもなんか動いている気がするよ。ほら、なんかこっちに向かってきている!」
確かにこっちに近づいて来ていました。
ちょっとづつディテールも見え始めます。
いえ、決して見たいわけではありませんが...
「ちょっ、早く逃げましょう」
「了解。アルバコア最大出力」
巨大キャパシターの莫大なエネルギーが艦尾の推進用レールガンに投入されます。
巨大な電力で海水を電離して、発生したローレンツ力で電離した海水を押し出し急加速を開始する。
余剰エネルギーが周囲の海水を沸騰させながら矢のように海面に向かう。
だが、海中では思ったより速度がでない。
追跡者からの距離は開くどころかも序所に距離が近づきその詳細、カエルの様な顔とそれには似つかない人魚のようなヒレのある魚のような下半身がはっきり見えてくる。
その伸ばした手が届こうとしたとき、『ふっ』とそれまであった抵抗が失せアルバコアは海水の呪縛から逃れ空中に逃れた。
「反撃してやる」
空中で反転して、不気味な追跡者が浮上してくるのを待ったがそれ以上の追撃は無く、海面は静まったままだ。
「なんだったんだあれは?」
流石に震えた声でつぶやくヴェルナー。
「あなたの言っていた『ディープワンズ』ってやつなんじゃないですか?」
「まさか、あんなタブロイド誌の受け売りが実在するなんて...それにあの大きさでは『ダゴン』クラスだ」
これは可及的速やかに退散するに限ります。
「アカ。海上を通らないように帰れる?」
追跡を逃れるために、無理だと思っても一様聞いてみます。
「無理だよ。四方八方海だよ」
「スティルスを全開にして成層圏経由で帰るではどうでしょう?」
アオちゃんのその言葉を聴いたヴェルバーの目の色が変わる。
「成層圏に上がれるんだ!」
ロケットバカはこんなときまでロケットバカでした。
考えてみると、アルバコアは成層圏突破用ロケット『はるか』だったものが、異世界の技術で魔改造されたものですので、大気圏突破能力を持っていたとしても不思議ではないのですが....
「パー子って、本当に真面目なエンジニアのやる気を削ぐのが上手よね」
私たちが大気圏突破するのにどんなに苦労したと思っているのでしょう。
「そうかい?私はそうは思わないな。むしろこんな実例があるんだから、月にロケットを打ち上げるという私の夢も不可能じゃないって思えてくるよ」
「ポジティブで羨ましいわ」
何やら手早く操作していたアカが突如宣言する。
「じゃあそういうことで、大気圏脱出速度で上昇開始!!」
フライング気味の操船で上空を向くアルバコア。
アルバコアは、コロンビヤード砲無しで大気圏脱出が可能になっている。
しかし、加速度を打ち消しているわけではないので、人類二人はそれぞれのシートに体をめり込ます羽目になった。
「ちょ、ちょっと待って心の準備がまだ。ひゃーーーん」
「おぉっ、この加速感は!」
それぞれの感想を心に秘めながら、私達は非公式だけど成層圏外を体験した最初の人類になりました。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「のどかのお陰で一時はどうなることかと思ったけど、結構楽しかったじゃない」
成層圏外の体験がいたくお気に召したのかも随分と機嫌の直ったヴェルナーとはるかちゃんがホテルに戻っていった。
「私達も戻ろっか」
「このまま、ヴェルナー様を行かせて良いんですか?」
きらきら、期待に満ちた瞳で私を見るアオちゃん、何を考えているか想像は簡単だけど、君のその期待にはこたえられないから...
「何だか私、今回出番少ない気がする」
ぶつぶつ言っているアカをなだめながら私達もホテルに戻る。
シーサイドのホテルからの移動したほうがいいのではないかと思いヴェルナーに相談しようかと思ったのだが、また揶揄われるのも癪なので直して止めにした。
流石に大気圏外のロケットを追従はされていないだろうと思うし...
とりあえず自分を納得させるための言葉を胸の中でつぶやいた、翌日、その判断を悔やむことになる。
早朝、いきなりなる玄関のチャイム、飛び込んできたのは、青い顔をした かなたちゃんだった。
「のどか様!ヴェルナー様が...ヴェルナー様が....」
うわ言の様に繰り返すかなたちゃんを、何とか落ち着かせる。
「大丈夫だから。ヴェルナーがどうしたの?」
「ヴェルナー様が居なくなってしまったんです!!」
「じゃじゃん!これぞテスラドールの力場を応用した画期的な防護服よ」
取り出したのはフリフリのスカート、胸にリボン、頭には羽根つきカチューシャ、まさに正義のコスチュームだ。
「のどかちゃんの趣味丸出しだね」
次回「実験潜水艦アルバコア ピュアドールズ+ONE」




