第2話.未来からの来訪者
@10年後
ディスプレイの片隅にメールの到着を示すサインが現れました。
「なんとかテスラタワーまでは着てくれたみたいね」
なにしろ、時間干渉技術は出来たてホヤホヤです。
テスラタワーの全面的バックアップをもらえる場所でないとまともに働きません。
いろいろ挑発してようやくテスラタワーまで引っ張り出しました。
「あの場所は危険な状態になっていると思うから、すぐ逃げるように言って」
オペレータをしてくれるテスラドール、アオちゃんにお願いします。
虚数空間『ディラックの海』を介しての通信には莫大なエネルギーを使います。
細かい事情を説明できる余力はありません。
「のどか様ならきっとこれで大丈夫でよ。必ずこちらの希望通り動いてくれます」
「そうだといいけどね」
これからが本番、人類初のタイムトラベルを実行することになります。
「では、計画を第二段階へ移行します。アオちゃんは転移ゲートで待機」
「了解しました。転移ゲートで待機します」
転移ゲートに向かうアオちゃんを呼び止めて、ちょっと抱きしめる
「面倒かけてごめんね。危ないことをしちゃだめよ」
「こんなに危ないことをしている人の言うことでは無いですよ」
それもそうです。
ひとつ間違うと因果律の矛盾で全宇宙が崩壊する可能性もあります。
「それでも気をつけて。それとちゃんと帰ってきてね」
@現在
テスラタワーから逃げ出した私たちは、ホテルにチェックインしました。
このまま寝オチしてしまいたいのですが、お仕事が残っています。
夜食に手をつけながら、時差ボケの頭で出張報告を作成していきます。
「持参したテスラドールによるデバック実行により、OSに改ざんがある事を確認した」
筆が進みません。
デバッカで追って行くと全体の動作はニュアンスでわかるのですが、認識不能のサービスコールに阻まれて解析しきれません。
この辺りを報告書にするのは、もう少し分かってから書きたいし...
駄文を弄するのは得意ではないのですが背に腹はかえられないので、長文を作って誤魔化しますか...
「のどかちゃん。このケーブルまだ外しちゃだめ?」
物思いにふけっていたところに、身体にデバック用ケーブルでぐるぐるにしたアカがよたよたと歩いてくる。
そういえば、デバッカケーブルを繋ぎっぱなしにしていたんでした。
『このデバックケーブルは、まるで貴方のテスラドールの魅力を3倍高めます。今なら3本セットで10000円ポッキリ・・・』
おや、何か幻聴が聞こえてきました。疲れてるな。
このまま外すのを忘れたふりをして、眺めていても誰も責めませんよね?
ダメですか?そうですか...
しぶしぶケーブルを抜いてから、お詫びに髪をブラッシングしてあげます。
気持ち良さそうにじっとしていたアカが急に私を見る。
「のどかちゃん。またメールが入っているよ」
「至れり尽くせりですね。なんて言ってます?」
「『明日の10:00以降ならサーバールームは安全』だって。」
今度は時間指定で安全を宣言されました。
ということは10:00前に何らかの手を打つということでしょうか?
どうやってあれを収拾するのかは興味はありますが『好奇心は猫をも殺す』ということわざもあります。
ここは素直に言うことを聞いて指定時間に出かけることにしましょう。
「なら明日はもう少しちゃんと調べられそうですね。御礼を打っておいて下さい」
アカのブラッシングとお手入れで癒された私は、目の前の報告書を片付けるべく、再び机に向き直した。
明日は何も無いといいなぁ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
翌朝、目が覚めると赤い河が流れていました。
目の前でアカが寝ていました。
電気羊の夢でも見ているのでしょうか?
しばらく、眺めたあとでほっぺをつついて起こします。
「今日もテスラタワーに出かけるのでナビをお願いしますよ」
「...わかった...」
まだ眠そうです。
もう少し寝かしておいてあげたいので、そっとベットを抜け出して身支度します。
出かける準備をしていたら、アカがモーニングを持ってきてくれました。
「ディラックの海とやらから出した正体不明の材料ですか」
知らないうちは平気で食べてましたが、まさか虚数空間から発生したものを食べていたとは...
「あのサービスは中止したというお知らせが入って、使えなくなったよ」
なんだか某検索エンジンみたいな横暴ぶりですね。
ちょっと、確認します。
「アカ。ちょっとデバッカ挿しちゃっていい?」
「朝から挿されるのいやだよ。いや、やめてってば、んっ・・あっ」
妙な反応をされて、おかしなスイッチが入りそうです。
いいのんか、ここがいいのんかっ。
...こほん。
なるほど、デバック画面上から認識できない文字はなくなっています。
あの部分がディラックの海のサービスコールだったんですね。
認識できなかったのは、セキュリティ技術の一種でしょうか?
さすが10年後の技術、予想の斜め向こうを行っています。
強引にデバックしてしまって、ちょっと不機嫌なアカをなだめながら朝食をとります。
メニューは、イングリッシュマフィン、サラダ、目玉焼きとコーヒーというシンプルなものでしたが、コーヒーがあるのは嬉しい。
私は、カフェインが無いと脳が働かないのです。
マフィンにバターをたっぷりつけて頬張ると五臓六腑に染み渡るのがわかります。
ふと見るとアカも何か『食べて』います。
テスラドールは電源駆動なのでエネルギー源としての食物は不要です。
収集したデータを分析する機能として『食べて』います。
ちょうどお菓子を食べる様なこの機能を、アカは特にお気に入りの様です。
(やっぱり『味』を感じているんでしょうか)
アカは、リスがクルミをかじる様に手に抱えた『何か』をかじっています。
癒されます。
「なにを食べているんですか?」
「のどかちゃんの報告書だよ。あのまま送ったら誤字脱字で真っ赤になって帰ってくるからね」
「いつもすいません」
やはり、私にはアカのサポートが不可欠の様です。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
サーバールームの入口で途方に暮れてしまいました。
そこには、秋葉原の町並みどころか何処にもありませんでした。
安全と言われても、何もなければどうしようもありません。
部屋の中央にスパークが走ります。
アカを抱えて、身を伏せたのですが覚悟した爆発音はありません。
代わりに、部屋の真ん中に小さな影が現れていました。
「はじめまして。アオといいます。マスターの代理で着ました」