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英雄の贋作






 もう何百年前の話か。その昔、ユミルという名の大罪人がいた。

 ある日、彼は自由を求めて悪魔に魂を売り、その加護を得て、強力な力を、そして望みであった自由を手中に収めた。


 身も心も解き放たれた彼は己の力に溺れ、驕り、ついには復讐を心に誓った。これまで囚われていた、己が自由を些細なことで束縛していた世界へと――。


 その復讐の目は、始め小さな村落へと向けられた。

 たまたますれ違った人を殺め、それを見ていた人々を殺め、やがてその血塗られた手は、非力な老人や女子供にまで及んだという。

 その村落は、一夜にして無人の廃墟と化したらしい。


 そして復讐の手はいずれは大きく、手のつけられないものになった。

 魔物たちは彼に味方し、罪人どもは彼に倣い、その火種は急速に広まったのである。



 そうして各地に世界の絶望がばらまかれた時、神より強運と神聖な力を与えられた一人の青年が、立ちあがったのである。


 彼は魔物たちを蹴散らし人々に勇気を与え、ついには死闘の末ユミルを打ち破ったのであった。

 が、その青年はユミルとの戦いの傷によって、数日と経たぬうちに命を落としてしまう。


 人々は青年を救世の英雄として讃え、現在までその事跡を語り継ぐのであった。


 その青年の名を、ライトという。 これらは実在の歴史上人物を使ったよくある伝承だが、その知名度は計り知れない。実際この話をもとにした小説や絵本は今や諸都市の間にまで出回る程の有名な話。誰しも子供のころ一度は読んだであろうかという程度の、まさにワテルガルズの名産品である。



 さて、そんなお伽噺の主役である英雄ライト。その血を引く家系と言われるフォーセリア家末裔にあたるリリア・フォーセリアは、意外にもこの伝承に頭を痛めていた。


 伝承について記された書物を見終わり、目頭を押さえ「はあ」と重々しくため息をつき、しばらく硬直。その後首を横に振り、伝記をもとあった場所へと収めると、何やらぶつくさつぶやきながら書庫を後にする。



「今日も収穫なし、か」



 物憂げに一言呟く。もっとも、収穫があったからと何かが変わるでもないのだが。



 そもそも、こんなおかしな習慣がついてしまったのも、父が幼馴染のクルトを「贋作」と呼び毛嫌いしている理由が発覚してからだ。



 その理由、ぶっちゃけてしまうと、クルトは英雄ライトの一部能力を人為的に植え付けた存在であるらしいという、そんな所だった。

 仕組みや経緯までは知らないが、幸いというべきか推測は立てやすい。

 この街は魔術という技術が発達している。研究熱心な馬鹿どもが、それを何らかの形で利用したとすれば、一応の理論は立つのだ。


 上記の技術云々は何であれ、父にとっては“ライトの力を植え付けられた人間”という点で、まずもって気に食わないらしい。ゆえに、「贋作、贋作」と事あるごとに声を荒げていたのだ。



「あのクソ親父……」



 今度は恨めしげに呟く。

 偏った狂信的思想のせいで、頭痛とは切っても切れぬ縁で結ばれてしまった。

 別居中の母に育てられた彼女にとって、父のフォーセリア至上主義は全くもって理解できないのである。母共々、この件で頭を痛める日が続くことだろう。 その母だが、今時珍しい政略結婚のような形で嫁いできたと、本人の昔話で聞いた事がある。


 この夫婦、どうも新婚時代から早速折り合いが悪かったらしい。子供を数人産み落としてからはあっさりフォーセリア本宅を引き払い、こちらのフォーセリア孤児院に移り今に至るという。


 現在は経営維持費だけちゃっかり頂きながらも、やはり疎遠なままであるのだから、その相性の悪さは折り紙付きと言えるだろう。



 彼女からすれば、母の行動は正しいと思うし、ぶっちゃけ当然だとも思っていた。なにせ根元までフォーセリア色に染まった、まさにフォーセリア信仰の、フォーセリア信仰による、フォーセリア信仰のための男なのだ。疲れて当然。


 もっとも、それでも我が子は可愛いようで、フォーセリア本宅は普通に出入りできるし、稀に行くと喜ばれるのだが。


 ちなみに先程リリアが居たのも、本宅の書庫である。クルト関連でいちいち何か言われて疲れるので、用が済めば即座に出払うが。



「さ、て」



 考えていても仕方がない。景気付けに目いっぱい背伸びしてから、ゆっくりと帰路に就く。しかし――



「リリアよ」



 と、一番嫌な人物に声を掛けられる。今日の運勢は最悪で確定だった。

 「何よ」と気だるげに振り返ると、そこには予想通りの顎髭生やした金髪ダンディ。翠色の瞳はこちらを心配そうに見つめている。



「おまえが奴を大事に想うのはわかるし、その感情はとても大切なことだ。だがあの贋作めは、あのライト様の姿を模造した、それはもう忌々しい――」


「オーケイ。肝に銘じておくわ、パパ」



 付き合いきれない。


 まだ不安げな父を軽くあしらい、リリアは今度こそ速足で屋敷の出口へ向かう。

 「よく考えておくのだぞ」と最後に呼びかける父の声を軽くスルーし、さっさと扉を開け放った。 屋敷の外は、今日も快晴。乾燥地帯の多い王国南部では、比較的雨量も多く湿潤なワテルガルズの気候も、雪解けから雨季にかけては比較的安定する。


 冬の豪雪を耐え抜いた木々は嬉々として花咲かせ、小鳥たちもこの時期を待っていたかのようにさえずり――とにかく、そんな陽気な季節に入ってしまったのである。



 屋敷の門から一歩外に踏み出ると、「ふう」とため息ひとつ。どこか解放されたような気分になり、自然と足も軽くなる。

 軽やかな足取りのまま、現住所である丘の下の孤児院を目指す。


 が、



「む、フォーセリア嬢ではありませんか」



 と、どこか無機質で虚無的な印象を与える声を聞き、再び両足に気の重りが架けられた。


 声を掛けてきた彼女は、名をノアといった。珍しい銀色の髪を持つ、どこか神秘的ないでたちの女性である。



「今日もお探し物ご苦労様です。何かいい情報は入りましたか?」


「いいえ、今日も何も。しばらくは何の収穫もなさそうね」



 彼女がいつリリアの伝承探求を知るようになったのかはわからない。ただ、たまにばったり鉢合わせては、こうして軽く話をするような関係なのだ。

 ただ、いちいち詮索されるようで気分が悪いし、彼女が何を考えているかもわからない。どこか不気味なのだ。


 実際この女、どうにもそれしか興味がないらしい。毎度「伝承とは何か」とか「何か新しい情報はあったか」と、伝承関係の話を一言二言しか話そうとしないのだ。



「そうですか」



 と。事実、今日も確認の一言だけ。他に何を言うでもなく、「では」とリリアの横を通り過ぎた。


 単なる勧善懲悪の、いったい何が楽しいというのだろうか。理解できなかった。「リリア嬢」



 不意に、呼び止められた。


 ノアが、吸い込まれるように蒼い瞳を、寸分のズレもなくこちらに向けている。

 そして、一切表情を変えず、目も逸らさずに口を開いた。



「あなたは、何のためにお伽囃を調べるのですか?」


「……深い意味なんてない。ただの自己満足よ」



 嘘ではない。もとは事実と伝承の違い、矛盾。それら何でもいいので摘発してライトの価値を下げるなりして父を黙らせようとか、あるいはクルトが贋作呼ばわりされない方法を探そうとか、せいぜいそんな気持ちで始めたことなのだ。



「そうですか」



 ノアが、少し目を逸らす。一瞬、そこによくわからないものが交じった気がした。

 しかし、それもすぐに収まる。次に見つめてきた目は、またいつもの茫洋としたものになっていた。



「このお話の真相、早く知る事ができればいいですね」


「ええ。ありがとう」



 平静に努めはしたが、内心は露骨に舌打ちでもしてやりたい気分だった。


 何かを知っていて、あえて隠しているのでは。最近、そうも考えられるようになってきた。



 言いたい事はすべて言い終えたのか、ノアは「それでは」と短く言い残し、銀髪をたなびかせて去って行った。


「何よ、あれ」



 気分が悪い。何せ、いちいち関わる必要もないし、関わって得にもならないことにああして首を突っ込んでいるのだ。

 色々不気味だし、裏で何かしら企んでいるように思えてならない。



 そもそも、人に言われて愉快な話でもない。それに、あからさまに怪しいのだ。今後何か事件が起きた時には、もう彼女が黒幕確定なのでは、とも思う。 「はあ」と、本日何回目かのため息が口からこぼれる。

 最悪だった。まだ昼前だが、今日は厄日で決定しても尚早ではない。



「ま、しゃーないか」



 雲一つない空を仰ぎ、独り呟く。そしてそのまま少し静止。

 風が鳴り、鳥がさえずり、木々がざわめく。それらの音を静かに聞き、心を落ち着ける。



「しっかし、暢気なものね」



 一言呟き、再び前を見る。

 そして――



「あいつも」



 と、目の前でブンブンと手を振りながら歩いてくる幼なじみを見据え、一言付け足した。



 彼は、「よっ」と挨拶替わりに元気良く手を挙げる。



「どーした、こんなトコで突っ立って? なんか嫌な事でもあったか?」



 少年は心配そうにリリアの顔を見回し、目を真っすぐ見据えて語りかける。



「何でも無いわ、クルト。ちょっとしたレディの秘密よ」


「?」



 適当なことを言ってはぐらかしてやると、彼は「わけわからん」と首を傾げた。


 そして少しばかり、からっぽの頭をフル活用し悩んだ後――



「あ、そうだ! 俺、今から買い出しに行くんだけど、来るか?」



 ――結果、話が根本から変わった。

 この馬鹿は、今日も平常運行らしい。

 父が考えている事になど無関心で、まさに我が道を今日も爆走してしまっている。



「来いよ。飯は奢るぜ! 嫌なことなんて、外出て全部忘れちまえ!」



 強引に手を掴まれ、強引に連れ去られた。



「ちょ、勝手に決め付けるな。てか返事待ちなしか!? ……ええい、わかったわよ。一緒に行くからまずは離せバカクルト!!」



 毎度ながら、無理矢理すぎる。それでいて憎めない。


 リリア・フォーセリアの苦悩は、今日もそんな馬鹿一名により先延ばしにされるのだった。

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