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出会いは唐突に

作者: 埴輪


その日もいつものように京子は映画館にいた。



京子は自他共に認める映画好きだ。

一日中映画館を梯子するのも珍しくなく、映画誌も定期購入している。

三度の飯よりも映画好きと言えるほど京子はジャンル問わずに映画を観るのが好きだ。

そして何よりも映画館で観るというのが好きであった。

真っ黒な空間で大きなスクリーンを見ると気持ちが妙に落ち着く。

大きなスクリーンで観れば役者の演技や演出の良し悪しは関係なく、京子はのめり込むことができた。

映画好きというより、映画館好きだと言えた。





* * *



真っ黒な館内で、京子はスクリーンに魅入っていた。

場面はちょうど、ヒロインが浮気相手に激しいキスをされているところだ。

雪よりも儚く真っ白な純愛ストーリー、というのがこの映画の売り文句だったが、純愛というには憚れるほどその内容はどろどろとしている。

幼馴染みの彼氏と幸せな時間を過ごしながら、ある日ヒロインは妻子を持つ塾の講師と禁断の恋に堕ちる……というもので、ヒロインの年齢設定は18、不倫相手は29という少しアウトな作品だと言えた。


(純愛……?)


と、始まってすぐに館内にいる者ほとんどが疑問に思ったであろう。

見ると周りには圧倒的にカップルが多かった。

「純愛」というキーワードでこの映画を選んだカップル達にとっては散々な内容である。

何せ内容は彼女の不倫、浮気なのだから。

始まる直前までひそひそと聞こえたカップルの会話が今はもう完全に途絶えている。

時折虚しい咳払いが聞こえるが、その音が館内に大きく響いてしまい空気はより一層微妙な方向へ向かう。

場面は今、ヒロインが不倫相手の自宅の階段で押し倒されているところだ。

迫真の演技で乱れる二人……まさかそこでヤるのか?と更に微妙な空気、気まずい空気が館内に流れた。


『好きっ、隆文さん、好きィ……あぁっ!』

『…っはぁ、光子、光子っ……!』


巨大なスクリーン内は完全な濡れ場と化している。

大丈夫なのだろうか。

これはR指定に入らないのだろうか。

あとで苦情が来ないか心配だな、と京子はポップコーンを食べながら思った。

周りの気まずい雰囲気など京子には関係なかった。

一人で来るとこういう時楽だ。

初めは恋愛映画を一人で見る京子をクスクス笑う客もいたが、京子は別に気にしなかった。

映画は大抵一人で観ているのでもうとっくに慣れているというのもある。

友人とはたまに一緒に来るが、基本京子は一人で観るのが好きだ。



京子にはまだ彼氏というものがいない。

大学三年にもなって…と今のご時世では逆に珍しがられることが多かった。

京子は別に男嫌いでも、考えが極端に古いわけでもない。

地味な顔立ちだが、磨けば確実に光るタイプだ。

スタイルも意外と良い京子に興味があるという男性もそれなりにいた。

ただ、周りの友人達と比べ、そういった恋などには極めて無関心だ。

別に性格がサバサバしているわけでもなく、ただただ本当に興味が湧かないのである。

ファッションもなるべくお洒落を心がけているが、特別綺麗になろうという気は起きなかった。

今まで何度かそれらしい雰囲気になった男性もいるのだが、付き合うほど好きにはなれなかった、というのが多い。

試しに誰かと付き合ってみようか、という選択は初めからなかった。



なので今も一人で映画タイムだ。

塩味のポップコーンとコーラを味わいながら一人で映画鑑賞。

これほど贅沢で幸せなことはないと思う。

以前、そこそこいい雰囲気になった男性と一緒に映画を観に行ったが、それ以来異性とは絶対に映画館には行かないと、京子は決心した。

しゃべりかけてくるわけではない。

むしろ京子の集中を邪魔しないように、その男性はずっと黙ってくれた。

隣りに知り合いがいるのにずっと黙っているというのは、ある意味辛いことだ。

優しく、気遣いのある人だと京子は思った。


だが、やはり駄目だった。


どんなに無言でも、隣りから伝わってくるオーラがいけなかった。

無言の訴えというのか、映画ではなく隣りに座る京子に意識を向けているのが嫌でも分かるのがとても嫌だった。

男性に悪気はまったくなかったが、京子には耐えられなかった。

友人とはまったく違う異性の雰囲気に、京子はすぐに疲れ、そして疲れたと思うことに罪悪感を感じた。

そして、唯一の趣味である映画鑑賞、最高に贅沢で幸せな時間を邪魔されるぐらいなら彼氏は一生いらないと、その時本気で思った。




* * *



映画はまったくなんとも微妙だったが、京子はそれなりに楽しむことができた。

ヒロインが最後に妻子持ちと別れたのはまぁ、想定通りだ。

最後は優しい彼氏の下へ帰るという展開に安堵したカップルも多かったのではないかと思う。

だが、映画はその安堵を見事にぶった切ってくれた。

因果応報というのか、結局彼氏はヒロインを振り、ヒロインの親友とくっつくことになる。

そして例の妻子持ちも奥さんを他の男に取られ、夫の不倫による離婚として多額の慰謝料を要求されてしまう。

そして当然の如く親権も奪われるのだ。

何年か後にヒロインはかつて一度の過ちを犯した男性が離婚を苦に自殺したと知り、己の過去の過ちに絶望し、墓石の前で泣き崩れる……という、なんとも哀しい結末となる。

哀しいというよりもなんとも救われない結末だ。

エンドロールの雪景色が妙に重かった。

番宣で「ぜひ、カップルで観て下さい!」と輝く笑顔で言っていたヒロイン役の女優を恨んだカップルも多いのではないか。


(ある意味教訓だったな)


不倫は身を破滅させるという教訓を含ませた作品なのかもしれない。

不倫もなにも、彼氏がいないどころか密かに一生フリー宣言をした京子にはまったく縁のない内容だった。

それでも充分に楽しめたので気分は上々だ。

こういうのを楽しんだ者勝ちと言うのだろう。



京子はパンフレットをぱらぱらめくりながら、もう帰ろうかと、ロビーを出ようとした。

すると後ろから声をかけられた。


「これ、君の?」


どこか涼しげな、知性の滲む声だ。

振り向くと、どこかで見たような、顔立ちが無駄に整った男性が立っていた。


(あれ…誰だったけ?)


見覚えがあるが、知らない男性に声をかけられたことに京子は戸惑った。

その目力のある視線が京子を捉えている。

別の人を呼び止めたのかと一瞬思ったが、その視線で京子に用があるのだと確信した。

一体誰だろう、と京子が見知らぬ男性に返事をすると、その男性は少し微笑んだ。

イケメンの微笑みというのは、色々と凄いんだなと京子は反射のように頬を染めた。

そして男性が差し出しているものに気付き、京子は慌ててポケットを確認する。

いつもジーンズのポケットに入れている携帯電話がない。

男性が無言で差し出した緑色の携帯電話には見覚えがありすぎた。


「この携帯、君が座ってた席に残ってたから……」

「あっ、はい、私のです」


どうやら座っているときに落としたらしい。

ストラップや目印になるものはまったくつけていないため、一応確認のためにポケットを探ってみたのだ。

男性が差し出したのは間違いなく自分の携帯であった。


「ありがとうございます。おかげで助かりました」


京子は男性の親切心に誠意を持って礼をした。

財布よりも何よりも携帯電話を忘れるのは辛い。

一日だけでも手元に携帯電話がないというのは不便だ。

心の底から男性に感謝した。

京子の真面目な礼に男性は少し驚き、たいしたことじゃない、と慌てて首を振った。

その姿を見て、京子は目の前の男性に好感を持った。

親切な人だとは思ったが、その仕草が妙に不釣合いで、京子に微笑ましい印象を与えたのだ。

見目が麗しすぎて、少し気圧されるが心根は随分と温かいらしい。

良い人に出会えたと、今度は柔らかい笑みを浮かべてもう一度礼をした。

京子に微笑まれた男性は恥ずかしそうに頬を染めた。

意外と純情なんだなと京子は更に好感を持った。

二人ともおかしくなり、いつの間にか互いに微笑んだ。

そして男性の後方から見知らぬ女性がこちらを見ているのに気づいた。

女性が男性を呼ぶと、男性は眉をしかめて振り向いた。

彼女だろうかと思ったが、男性は妹だと言って、その場を去った。


妹と言っていたが、女性は苗字で呼んでいたな、と京子は少し首を傾げながら家に帰った。



そして翌日の大学の掲示板に貼られている番付表を見てあっ、と思い出した。

男性の正体は大学一のイケメンだと三年連続で番付王者に輝いた「田中正義」君だったということが判明した。

だから見覚えがあったのか。

堂々1位として目線の合っていない写真が貼られている。

掲示板を通るたびに見る顔だ。

何度か遠目で見たこともある。

すっかり忘れていた。

京子は目立つ容姿の田中君を一方的に知っていたが、恐らく、いや確実に田中君は京子が同じ大学に在籍していることを知らないだろう。

同じ大学にいるのだからもう一度礼をしに行くべきか、いや、さすがにくどいか…と京子が悩んでいると背後から聞き覚えのある声が聞こえた。


振り向くと、昨日の彼――田中君の笑顔があった。









二人が一緒に映画館に行くのは、その一週間後のこと。




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