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モブ令嬢なので聖女の力は隠します〜死亡フラグ回避のため隠しダンジョンで鍛えていたら王国最強になっていました〜  作者: オレンジペコ


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第7話 未来の大商人は今、貧乏でした

 ダリオ・ベルマンとの商談が終わっても、父はすぐには返事をしなかった。


「助けないの?」


 ダリオが帰ったあと、リリアーヌは聞いた。


「まだ決めていない」


「計画は悪くなさそうだったけど」


「それだけでは金は出せん」


 父は机の上の書類をまとめながら答えた。


「話が上手い人間と、信用できる人間は別だ」


「……信用」


「ああ」


 父はリリアーヌを見る。


「お前なら、どうする?」


 突然聞かれた。


 リリアーヌは考える。


「本人に聞く?」


「本人が『私は信用できません』と言うと思うか?」


「……思わない」


「なら、周りを見る」


「周り?」


「取引相手や、働いている者だ」


 父は指を1本立てた。


「失敗したこと自体は問題ではない。商売をしていれば、思いどおりにならないことなどいくらでもある」


 もう1本。


「大事なのは、そのときにどうしたかだ」


「逃げてないか、とか?」


「そうだ」


 なるほど。


 リリアーヌは頷いた。


 ゲームでは、ダリオ・ベルマンは後に大商人になる。


 魔王軍との戦いでは、崩れかけた物流を立て直す人物だ。


 でも。


 それは未来の話。


 今、目の前にいるダリオが信用できるかどうかとは別だった。


「調べてみる」


 父はそう言った。


     ◇


 結果が出たのは数日後だった。


 ダリオは借金から逃げていなかった。


 取引相手にも事情を説明している。


 そして、資金が苦しい中でも、雇っている者への支払いは止めていなかった。


「自分のお金は?」


「かなり削っているようだな」


「従業員には払ってるのに?」


「ああ」


 リリアーヌは少し驚いた。


「いい人なのかな」


「それだけで判断するな」


「はい」


 すぐ父に釘を刺された。


 ただ、悪い材料は出てこなかった。


 薬草の仕入れ自体も無謀な賭けではなく、橋の損傷がなければ十分に利益が見込めた取引だったという。


 父は最終的に支援を決めた。


 必要な資金の一部。


 馬車。


 取引先の紹介。


 もちろん、無条件ではない。


 返済方法も期限も決める。


 正式な商取引としての支援だった。


 リリアーヌは、その様子を横で見ていた。


 自分が、


『未来ではすごい商人になるから、お金を貸して』


 なんて言わなくても。


 ダリオ自身に助けるだけの理由があった。


 そのことが、少し嬉しかった。


     ◇


 ダリオの商売が持ち直したという知らせが届いたのは、しばらく後だった。


 すべてが上手くいったわけではない。


 損も出た。


 それでも薬草を売り切り、借りた資金の返済も始まったらしい。


 そして次にセレスを訪れたとき。


 リリアーヌは、どうしても試してみたいことがあった。


「ダリオ」


「はい」


「ちょっとお願いがあるんだけど」


「嫌な予感がしますね」


「まだ何も言ってないよ?」


「その言い方をする方から、簡単なお願いをされた記憶がありません」


「まだそんなに付き合い長くないよね?」


「それなのに、もう分かります」


 失礼な。


 リリアーヌは咳払いした。


「もしね」


「はい」


「私が、すごく珍しい魔物の素材を持ってきたら、売ってくれる?」


「物によります」


「かなり高く売れるもの」


「入手経路は?」


「秘密」


「扱いません」


 早かった。


「え?」


「扱いません」


「高く売れるんだよ?」


「なおさらです」


「なんで?」


 ダリオは呆れたようにリリアーヌを見る。


「8歳の貴族令嬢が、入手経路を明かせない高価な魔物素材を持ってくるんですよ?」


「うん」


「危険な匂いしかしません」


「そんなに?」


「ものすごく」


 リリアーヌは少し傷ついた。


「誰にも言わずに売ってって頼んでも?」


「断ります」


「お父様にも内緒で?」


「その場合は、真っ先にフォルティス卿へ報告します」


「秘密守ってくれないじゃん」


「秘密にしていいことと、悪いことがあります」


 ダリオは真顔だった。


「小さな商人は、信用を1度失えば終わります」


「…………」


 リリアーヌは黙った。


 そして。


 少しだけ笑った。


「そっか」


「何です?」


「ううん」


 この人でいい。


 何でも言うことを聞いてくれる人が欲しかったわけではない。


 危ないことなら止める。


 駄目なものは断る。


 その方が信用できる。


「じゃあ、ちゃんとお父様に話を通したものなら?」


「もちろん扱います」


「道具とか薬も用意できる?」


「商売ですから」


「職人を紹介してもらったりは?」


「条件を聞いてからですね」


「馬車は?」


「手配できます」


「護衛は?」


 ダリオの眉が動いた。


「お嬢様」


「何?」


「どこへ行く気です?」


「…………」


 リリアーヌは目を逸らした。


「ちょっと遠く?」


「なぜ疑問形なんですか」


「まだ決まってないから」


「フォルティス卿は?」


「これから相談する」


「必ず先に相談してください」


「分かってるよ」


「本当に?」


「……リゼみたいなこと言わないで」


「リゼさんが正しいのでしょう」


 味方が増えたはずなのに。


 なぜか自由が減っている気がする。


     ◇


 セレスでの用事を終え、フォルティス領へ戻る日。


 リリアーヌは馬車の中で揺られていた。


「次は戦える人が必要だよね」


 小声で言う。


 向かいのリゼが頷く。


「前のようなこともありますから」


 《精霊王の雫》が眠る場所は、前回より遠い。


 ゲームの記憶が正しければ、魔物もいる。


 父にどう説明するかは、まだ考えなければならない。


 それでも。


 前回のように、普通の護衛だけで行っていい場所ではないことは分かっていた。


「強くて、信用できて……」


「お嬢様の無茶を止めてくれる方がいいですね」


「それ必要?」


「一番必要です」


「私、そんなに無茶してないよ」


 リゼが何か言おうとした。


 その瞬間だった。


 馬車が急に止まった。


「きゃっ」


 リリアーヌの体が前へ傾く。


 外から怒鳴り声が聞こえた。


「どうしたの?」


「お嬢様、ここにいてください」


 リゼが窓の外を見る。


 護衛の声。


 知らない男の声。


 そして。


 剣が抜かれる音。


 リリアーヌの表情が変わった。


「……盗賊?」


 窓から見えたのは、道を塞ぐ数人の男たちだった。


 護衛たちが剣を構えている。


 数では、こちらが不利だった。


「リゼ」


「はい」


「外に出ないよ」


「……よかったです」


「私を何だと思ってるの?」


 そう言いながら、リリアーヌも息を潜める。


 怖くないわけではない。


 前の遺跡で、本物の戦いがどういうものか知った。


 だからこそ。


 余計なことはしない。


 護衛に任せる。


 そう決めた。


 だが。


 盗賊の1人が馬車へ回り込もうとした。


 護衛が止める。


 別の男がその背後へ迫る。


「危な――」


 声を上げそうになった、そのとき。


 何かが横から飛び込んだ。


 男が地面を転がった。


「え?」


 1人の男が立っていた。


 旅装。


 30代半ばほど。


 使い込まれた剣を持っている。


 派手な動きではなかった。


 男が踏み込む。


 盗賊の剣を受け流す。


 足を払う。


 柄で打つ。


 1人。


 次。


 もう1人。


 気づけば、4人いた盗賊が次々と地面に倒れていた。


 誰も死んでいない。


 それなのに。


 誰も立ち上がれない。


「…………」


 リリアーヌは窓に張りついていた。


「お嬢様」


「リゼ」


「はい」


「あの人」


「はい」


「強くない?」


 リゼも男を見ていた。


「……たぶん、とても」


 男は剣についた汚れを払い、鞘へ戻した。


 その動きまで無駄がない。


 リリアーヌの頭の中から。


 さっきまで考えていた条件が浮かんできた。


 強い。


 信用できるかは、まだ分からない。


 そして。


 自分の無茶を止めてくれそうかどうかも。


 まだ分からない。


 でも。


「……見つけたかも」


 リリアーヌは小さく呟いた。

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