↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
モブ令嬢なので聖女の力は隠します〜死亡フラグ回避のため隠しダンジョンで鍛えていたら王国最強になっていました〜  作者: オレンジペコ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
29/57

第29話 ゲームでは死ななかった人

 翌朝。


 リリアーヌは、目が覚めた瞬間から体の重さを感じていた。


「……眠い」


「昨夜、魔力を使いすぎたからです」


 着替えを手伝っていたリゼが、呆れたように答える。


 痛めた右脚は、昨夜のうちに《聖》で治してある。腫れも痛みも残っていない。


 ただし、使った魔力までは戻らない。


 負傷者を2人治療し、そのあと《聖体強化》まで使ったのだ。体が重いのは当然だった。


「怪我は治したのに」


「怪我を治せば、疲労まで消えるのですか?」


「消えない」


「魔力は?」


「戻らない」


「では、今日は大人しくしてください」


「実技はないから大丈夫」


「走らないでください」


「分かった」


「放課後、森へ行かないでください」


「行かない」


「敵の拠点を見に行かないでください」


「行かないって」


「何か起きても、お嬢様だけで解決しようとしないでください」


「……努力する」


「そこだけ返事が弱いのですが」


     ◇


 学園へ着いても、体の重さは変わらなかった。


「おはよう、リリアーヌ」


「おはよう」


 教室へ入ると、先に来ていたエミリアが手を振った。


 リリアーヌも手を上げ、そのまま自分の席へ向かう。


「眠そうだね」


「ちょっと寝不足」


「また考え事?」


「ちょっと夜更かししただけ」


「何してたの?」


「……運動?」


「夜に?」


「健康のために」


「寝不足になる運動は、健康に悪いと思う」


 もっともだった。


「それに、歩き方も変だよ」


「そう?」


「いつもより遅い」


 怪我は完全に治っている。


 単純に、体が重いだけだ。


「昨日ちょっと動きすぎたの」


「何したの?」


「だから、運動」


「どんな?」


「質問が多いよ」


「心配してるの」


 エミリアが、じっとこちらを見る。


「保健室に行く?」


「そこまでじゃないから」


「本当に?」


「本当」


「無理してない?」


「してない」


「……」


「その顔やめて」


 完全には信じていない顔だった。


     ◇


「フォルティス」


 今度はアルベルトまでやってきた。


「体調が悪いのか?」


「どうして殿下まで知ってるんですか?」


「ハルトが心配している」


「声が大きいですよ、殿下」


 エミリアに注意され、アルベルトが少し声を落とす。


「そうか。すまない」


「そこは素直なんですね」


「体調は本当に大丈夫なのか?」


「少し疲れているだけです」


「なら、今日は無理をするな」


「はい」


 さらにカイルまで近づいてきた。


「お前、昨日何かしたのか?」


「増えた……」


「何が?」


「お節介な人」


「誰のことだ?」


「自覚ないんだ」


 カイルは、リリアーヌの顔と歩き方を見比べる。


「怪我じゃなさそうだな」


「どうして分かるの?」


「右も左もかばってない。単に体が重いんだろ」


 こういうところだけは妙に鋭い。


「今日は剣の授業じゃなくてよかったな」


「本当にね」


「元気になったら、またやろうぜ」


「嫌」


「なんでだよ」


「弱ってる人を勧誘するのやめてくれる?」


「元気になったらって言っただろ」


     ◇


 話しているうちに、教師のオスカーが教室へ入ってきた。


「席につけ」


 生徒たちが一斉に戻る。


 教壇に立ったオスカーは、いつもより少し硬い表情をしていた。


「授業の前に話がある。先日の野外実習で出現した魔物について、調査結果の一部が学園へ届いた」


 リリアーヌは顔を上げた。


「あの魔物は、本来、訓練林周辺に生息する種類ではないことが確認された。そのため、当面の間、学園外での実習はすべて中止する」


 教室がざわつく。


「また、王都周辺でも魔物の目撃が増えている。休日も不用意に城外へ出るな。異常を見つけても、自分たちで確かめようとするな」


 最後の言葉が、なぜか自分に向けられた気がした。


「フォルティス」


「はい!?」


「なぜ驚く?」


「いえ、何でもありません」


 オスカーが不審そうな顔をする。


 隣では、エミリアが笑いをこらえていた。


「先生」


 アルベルトが手を挙げる。


「魔物が移動してきた原因は分かっているのですか?」


「現在、調査中だ」


「人為的に移動させられた可能性は?」


 教室が静かになった。


 オスカーは、すぐには答えなかった。


「現時点で、学園から話せることはない」


 否定はしなかった。


(学園側も、可能性には気づいてる)


 それは悪いことではない。


 ルーメンだけで、すべてを抱える必要はないのだから。


 問題は、学園側がどこまで掴んでいるかだった。


 魔物の不自然な移動までなのか。


 グレイ運送まで辿り着いているのか。


 それとも、魔族の存在まで把握しているのか。


 今のリリアーヌには分からなかった。


     ◇


 昼休み。


 リリアーヌとエミリアは、中庭で昼食を取っていた。


「しばらく外の実習はないんだね」


「そうみたい」


「ちょっと残念だな」


「怖くないの?」


「怖いよ。でも、授業そのものは楽しかったから」


「魔物が出る前まではね」


「うん」


 エミリアが笑った。


 その時。


 少し離れた場所で、何かが地面へ落ちる音がした。


 続いて、誰かの悲鳴。


 振り返ると、男子生徒が胸を押さえて倒れていた。


「大丈夫!?」


 エミリアが立ち上がる。


 リリアーヌも続き、男子生徒のそばへ駆け寄った。


「先生を呼んで!」


「はい!」


 近くにいた生徒が走り出す。


 倒れた男子生徒は、苦しそうに息をしていた。顔色が悪く、額には異常なほどの汗が浮かんでいる。


「聞こえる?」


「……くるし……」


 外から見える怪我はない。


(病気? それとも毒?)


 リリアーヌは手を伸ばしかけ、止めた。


 ここで《聖》を使うわけにはいかない。


「エミリア」


「うん」


 それだけで伝わった。


 エミリアが男子生徒の腕へ触れる。


「少しだけ我慢してね」


 白い光が、男子生徒の体を包んだ。


     ◇


 光を流し始めて、すぐだった。


 エミリアの表情が変わった。


「……何、これ」


「どうしたの?」


「毒みたい。でも、普通の毒じゃない」


「治せそう?」


「分からない。何か……魔力みたいなものが混ざってる」


 エミリアが集中する。


 白い光が強くなり、男子生徒の荒かった呼吸が少しずつ落ち着いていく。


 しかし、エミリアの額にも汗が浮かび始めた。


(消えないんだ)


 治癒の光を流しているのに、毒のようなものが完全には消えていない。


 体の中で何かが抵抗している。


「エミリア、もういい」


「でも、まだ残ってる」


「先生が来る。今は呼吸を戻すだけでいい」


「もう少しだけ」


 エミリアはさらに数秒、光を流した。


 男子生徒の呼吸が安定したところで、ようやく手を離す。


 直後、教師と学園の治療担当者が駆けつけてきた。


「何があった?」


「急に倒れました」


「ハルトが治癒を?」


「はい。でも、普通の毒とは違う感じがします。中に魔力のようなものが混ざっていて……」


 治療担当者の表情が険しくなる。


「詳しく聞かせてくれ。まずは運ぶぞ」


 男子生徒は担架に乗せられ、そのまま治療室へ運ばれていった。


     ◇


「エミリア」


「うん?」


「大丈夫?」


「ちょっと疲れただけ」


 そう言って、エミリアは笑った。


 今度はリリアーヌが、疑うように見つめる。


「無理してない?」


「してないよ」


「本当に?」


「本当」


「……」


「さっきの私と同じことしてる」


「される側になると分かるね」


「何が?」


「心配になる」


 エミリアが少し笑った。


「じゃあ、お互い無理しないようにしようね」


「うん」


「約束」


「……努力する」


「リリアーヌ」


「分かったって」


     ◇


 放課後。


 オスカーから、倒れた男子生徒の命に別状はないと伝えられた。


 教室に安堵の声が広がる。


 エミリアも胸を撫で下ろしていた。


「よかった……」


「うん」


 リリアーヌも安心した。


 けれど、違和感は消えなかった。


 ゲームに、こんな出来事はなかった。


 少なくとも、リリアーヌの記憶にはない。


 倒れた男子生徒の名前すら知らなかった。


 ゲームなら、背景に立っていた生徒の1人だ。


 物語には関係しない。


 台詞もない。


 攻略にも関わらない。


 けれど、この世界では違う。


 彼には名前があり、家族がいて、友人がいる。


 そして今日、死にかけた。


     ◇


 王都の屋敷へ戻ると、リリアーヌはすぐにリゼへ今日のことを話した。


「毒に、魔力が混ざっていた?」


「エミリアは、そう感じたみたい」


「学園の中で、突然倒れたのですね」


「うん」


 リゼの表情が険しくなる。


「グレイ運送は、学園へ食料を納める業者の輸送に関わっています」


「私も考えた」


「では、食料に毒を?」


「まだ決めつけない」


 リリアーヌは首を振った。


「病気かもしれない。食べ物以外から入った可能性もある。そもそも、グレイ運送と無関係かもしれない」


「承知しました」


「でも、確認はする」


「何を調べますか?」


「その子が今日食べたもの。触れたもの。行った場所。それと、同じものを食べた生徒に異常がないか」


「学園内のことですが」


「外から分かる範囲だけでいい。食材を納めた店や、運んだ業者なら確認できる」


「ダリオ様にも伝えます」


「お願い。ただし、グレイ運送には近づかないで」


「はい」


     ◇


 自室へ戻ったリリアーヌは、机の上に置いてあるノートを開いた。


 7歳の頃から書き続けてきた、ゲームの記憶。


 学園編。


 最初の野外実習。


 交流イベント。


 小さな事件。


 ページをめくっても、今日倒れた男子生徒のことはどこにもなかった。


「……当たり前か」


 ゲームでは描かれなかっただけかもしれない。


 本当に起きなかったのかもしれない。


 もう、確かめる方法はない。


 ただ、1つだけ分かった。


 ゲームで死ななかった人が、この世界でも死なないとは限らない。


 名前のない生徒も。


 街の店員も。


 荷物を運ぶ商人も。


 森で傷ついた護衛も。


 ルーメンに協力してくれる人たちも。


 誰も、ゲームの筋書きには守られていない。


「エミリアだけじゃないんだ」


 最初は、エミリアを守り、ゲームで起きる王国の滅亡を防ぐことだけで精いっぱいだった。


 それが、自分の死亡フラグを避けることにも繋がると思っていた。


 でも今は。


 目の前で誰かが死にかけているのに、「ゲームには関係のない人だから」と見過ごすことはできない。


 知ってしまった。


 顔を見てしまった。


 声を聞いてしまった。


 それだけで、その人はもう背景には戻らない。


     ◇


 扉が叩かれた。


「お嬢様」


「入って」


 リゼが1枚の紙を持って入ってきた。


「もう分かったの?」


「いいえ。学園の生徒についてではありません。別件です」


「何?」


「グレイ運送の倉庫から、男が1人出ました」


「また南の森へ?」


「いいえ。今回は王都内です」


 リゼが地図を机へ置く。


 男が向かった場所には、すでに印がつけられていた。


 リリアーヌは、その印を見て眉を寄せる。


「……ここ」


「はい」


 王立学園へ食料を納める業者が使っている倉庫だった。


「中に入った?」


「裏口から入り、まだ出てきていません」


「今日、倒れた生徒がいる」


「はい」


「そこへ、グレイ運送の人間が入った」


「はい」


 ただの偶然かもしれない。


 まだ証拠はない。


 決めつけるべきではない。


 それでも。


 もし、学園に運び込まれたものが原因なら。


「リゼ」


「はい」


「明日の食料が運び出される前に、中身を確かめる」


「誰が行きますか?」


 リリアーヌは、重い体を椅子から起こした。


「お嬢様は行きません」


 立ち上がる前に止められた。


「まだ何も言ってないよ」


「顔に書いてあります」


「じゃあ、誰が行くの?」


「報告書をお読みください」


「今、それ関係ある?」


「学園へ出入りできる協力者が記載されています」


「……いたの?」


「3か月前から」


「聞いてない」


「報告しました」


「覚えてない」


「報告書をお読みください」


 リリアーヌは黙って手を出した。


「その報告書、どこ?」


「お嬢様の机の下から2段目。未読の束です」


「場所まで分かるんだ……」


「私が置きましたので」


 リゼが淡々と答える。


「明日の搬入前に確認させます。お嬢様は今夜、休んでください」


「でも」


「相手が学園へ何かを運び込んだのなら、時間がありません」


「だから――」


「だからこそ、すでに動かしました」


 リリアーヌの言葉が止まった。


「……いつ?」


「男が倉庫へ入った直後です」


「誰を?」


「学園への搬入経路を調べていた者と、食料を確認できる者を」


「そんな人までいるの?」


「報告書をお読みください」


 また言われた。


 自分が知らない間に。


 ルーメンは、すでに学園の中へ伸びようとする手を掴んでいた。


 リリアーヌは椅子へ座り直す。


「じゃあ、私は?」


「寝てください」


「役割それだけ?」


「今夜のお嬢様には、それが最適です」


 納得できない。


 けれど、体が重いのも事実だった。


「……何か見つかったら、すぐ起こして」


「承知しました」


 リゼは一礼し、部屋を出ていく。


 リリアーヌは閉じた扉を見つめたあと、机の下から未読の報告書を引っ張り出した。


 思っていたより、ずっと分厚かった。


「……先に、これを読もうかな」


 1枚目を開く。


『王立学園関連協力者および連絡経路』


 その下には。


 リリアーヌの知らない名前が、いくつも並んでいた。

面白いと思っていただけましたら、ブックマーク・☆☆☆☆☆からの評価をいただけると嬉しいです!

感想も大歓迎です。執筆の励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。