第21話 予定にない魔族
魔物の増加とは別の手がかりが見つかったのは、3日後だった。
◇
放課後。
王都の屋敷へ戻ったリリアーヌを、リゼが玄関で待っていた。
「お嬢様」
いつもより声が低い。
「何か見つかった?」
「フィナから連絡がありました」
「西街道?」
「はい。こちらへ」
案内された部屋には、すでにガルドがいた。
机の上には王都周辺の地図が広げられ、西街道から北へ外れた森に新しい印が付けられている。
「何があったの?」
「森の中に、古い小屋が見つかった」
ガルドが答えた。
「昔、炭焼きに使われていたものらしい。今は放棄されているはずの小屋だ」
「誰かが使ってるの?」
「その可能性が高い」
リゼが地図上の印を指す。
「フィナが森を調べていたところ、人が繰り返し通った痕跡を見つけました。その痕跡を離れた場所から確認し、小屋を発見しています」
「危ないことはしてない?」
「小屋には近づいておりません」
「ならいい。それで、誰がいたの?」
「3人です」
リリアーヌの表情が変わる。
「何をしてたの?」
「そこまでは分かりません。ただ、3人のうち1人が、人間ではない可能性があります」
「……魔族?」
「フィナはそう判断しました」
「理由は?」
「遠目ですが、額の横に角のようなものを確認しています」
「見間違いの可能性は?」
「否定できない」
ガルドが答えた。
「だから、明日もう一度確認する」
「私も行く」
「駄目だ」
「まだ最後まで言ってないよ」
「では、最後まで聞こう」
「私も――」
「駄目だ」
「結局、言わせてくれないじゃん!」
「学生が放課後に魔族を見物しに行くな」
「見物じゃないよ」
「では何をしに行く?」
「確認」
「それを見物と言うんだ」
正論だった。
「近づかない。戦わない。見るだけ」
「お前は8歳の時にも、似たようなことを言って地下遺跡へ入ったんじゃなかったか?」
「昔の話を持ち出すのは卑怯だよ」
「同じことを繰り返そうとするからだ」
リリアーヌはリゼを見る。
「リゼからも何か言って」
「お屋敷でお待ちください」
「そっち側だった」
「当然です」
味方はいなかった。
◇
偵察には、ガルド、リゼ、フィナが向かうことになった。
シオンは少し離れた場所で待機し、地面の振動から周囲の動きを探る。
「確認だけ。相手が魔族でも絶対に戦わないで」
「分かっている」
「見つかりそうになったら?」
「退く」
「何か落としても?」
「拾いに戻らない」
「フィナがもっと近づけると言っても?」
「止める」
「私が後から追いかけてきたら?」
「担いで帰る」
「それはしなくていい」
「では、来るな」
「……はい」
今回も勝てなかった。
◇
翌日、学園では何事もなかったように授業が続いていた。
「リリアーヌ」
「ん?」
「聞いてた?」
隣からエミリアが顔を覗き込む。
「聞いてたよ」
「先生、今なんて言った?」
「……大事なこと」
「何について?」
「そこまでは聞いてなかった」
「ほとんど聞いてないじゃん」
「ちょっと考え事をしてただけ」
「最近多くない?」
「そう?」
「多いよ」
エミリアが心配そうにリリアーヌを見る。
「何か困ってる?」
「大丈夫」
「本当に?」
「うん」
魔族が王都の近くにいるかもしれない。
そんな話を、何も確定していない段階で伝えるわけにはいかない。
「寝不足?」
「それはちょっとある」
「ちゃんと寝なきゃ駄目だよ」
「はい」
「今日は素直だね」
「反抗する元気もないの」
「それ、もっと駄目じゃない?」
その時、教師がリリアーヌを見た。
「フォルティス」
「はい!」
「今説明した箇所を読んでみろ」
「分かりました。ちなみに、どこでしょうか」
教室に小さな笑いが起きた。
エミリアが教科書の一か所を指す。
「ここ。大事なところ」
「それは聞いてた」
「そこしか聞いてなかったよね?」
◇
放課後、リリアーヌは急いで屋敷へ戻った。
「リゼたちは?」
玄関にいた使用人へ尋ねる。
「まだお戻りではございません」
「そっか……」
自室へ戻り、着替えを済ませる。
30分が過ぎた。
まだ戻らない。
さらに30分。
窓の外では、日が傾き始めていた。
(遅い)
何もなければ、もう戻っていてもおかしくない。
場所は聞いている。
今から向かえば――。
そこまで考えて、リリアーヌは首を横に振った。
自分が行けば、かえって足を引っ張る可能性がある。
ガルドも、リゼも、フィナも、シオンもいる。
(任せるって決めた)
全部を1人でやろうとしなくていい。
アルベルトへそう言った自分が、仲間を信じられなくてどうする。
「待とう」
リリアーヌは椅子へ座り直した。
しかし、その直後には立ち上がった。
また座る。
しばらくして、もう一度立つ。
落ち着かない。
「お嬢様」
いつの間にか部屋へ来ていた使用人が、不思議そうに尋ねる。
「先ほどから何をなさっているのですか?」
「仲間を信じて待ってるところ」
「随分と忙しそうに見えますが」
「待つのにも体力がいるの」
◇
さらに30分ほどして、ようやく扉が開いた。
「お嬢様」
「リゼ!」
リリアーヌは立ち上がった。
リゼに目立った怪我はない。その後ろにはガルドもいる。
「大丈夫?」
「はい」
「フィナとシオンは?」
「無事です」
その言葉を聞いて、リリアーヌは大きく息を吐いた。
「よかった……」
「ただいま戻りました」
「うん。お帰り」
リゼは一瞬だけ表情を和らげた後、小さな布包みを机へ置いた。
中に入っていたのは、黒い金属片だった。
「……これ」
リリアーヌは、刻まれた印に見覚えがあった。
8歳の頃、最初の地下遺跡で捕らえた男が持っていたものとよく似ている。
「魔王軍のもの?」
「断定はできん」
ガルドが答えた。
「だが、まともな商人や旅人が持つものではない」
「どこにあったの?」
「小屋の近くに落ちていました」
「3人は?」
「確認しました」
リゼの声が低くなる。
「人間が2人。そして、もう1人は魔族です」
「間違いない?」
「はい。角を確認しました」
今度は、はっきりとした答えだった。
◇
「何をしてたの?」
「複数の荷物を小屋へ運び込んでいました」
「中身は?」
「確認できませんでした」
「会話は聞こえた?」
「フィナが一部だけ拾っています」
風を細く操り、遠くの音を拾う。
フィナが得意とする魔法だ。
「聞き取れた言葉は3つです」
リゼが指を1本立てる。
「『移動』」
2本目。
「『南』」
そして、3本目。
「『学園』」
リリアーヌの表情が固まった。
「……学園?」
「はい」
「王立学園とは言ってないんだよね?」
「そこまでは確認できておりません」
「別の学園かもしれない?」
「可能性はあります」
だが、この周辺で魔族が口にする学園。
嫌な予感しかしない。
「こちらには気づいてない?」
「そのはずだ」
ガルドが答える。
「途中で相手が移動を始めたため、追跡せずに戻った」
「それでいい。追わなくて正解」
「珍しく素直だな」
「私はいつも素直だよ」
「そうだったか?」
「そうです」
「なら、次から留守番と言われた時も素直に頷け」
「それとこれは別」
「ほらな」
◇
リリアーヌは地図を見る。
西街道。
南の訓練林。
王都。
そして王立学園。
(狙われているのは、エミリア?)
最初に彼女の顔が浮かんだ。
エミリアは《聖》属性を持ち、いずれ魔王を倒す中心となる少女だ。
しかし、今の彼女は教会に確認された10人の聖女の1人にすぎない。この時点で、魔王軍がエミリアだけを狙う理由は分からない。
そもそも、標的がエミリアだとは限らない。
誰にも知られていないはずの11人目の聖女が、もう1人いる。
(まさか、私?)
8歳の時、リリアーヌは地下遺跡で黒い印を持つ男と遭遇している。
あの男が《聖》属性に気づいていた可能性は、完全には否定できない。
あるいは、特定の誰かではなく、学園そのものが狙われているのかもしれない。
分からない。
だからこそ、決めつけてはいけない。
「リゼ。学園について、外から調べられる範囲を確認して」
「生徒や教師についてでしょうか?」
「それだけじゃない。学園へ入る人と物も。最近、何か変化がなかったか知りたい」
「承知しました」
「ダリオにも、学園向けの荷物や出入りしている業者について聞いて。商売の範囲で分かることだけでいいから」
「はい」
「危険なことはしないでね」
「承知しております」
「本当に?」
「お嬢様よりは慎重です」
「比較する相手を変えてくれる?」
ガルドが地図を見たまま言う。
「もし本当に学園が狙われているなら、どうする?」
リリアーヌは少し考えた。
「その時は、私も動く」
「普通の生徒のままではいられなくなるぞ」
「分かってる」
正体を隠すことは大切だ。
だが、そのためにエミリアやほかの生徒を見捨てるつもりはない。
「私、普通に学園へ通いたかっただけなんだけどな」
「今さらか?」
「さっきも言ったけど、今さらって何!?」
ガルドは答えなかった。
リゼまで静かに目をそらしている。
「リゼ?」
「報告書の準備をしてまいります」
「逃げた!」
部屋を出ていくリゼを見送り、リリアーヌはもう一度、黒い金属片へ目を落とした。
8歳の時に見た印と、よく似ている。
狙われているのはエミリアなのか。
それとも敵は、11人目の聖女が学園にいることを知っているのか。
どちらにしても、魔王軍は王立学園のすぐ近くまで来ていた。
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