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第11話 年下の壁は、まだ高い

 蘭に初めて勝負を挑んでから、私は三日に一回くらいの頻度で彼女に挑むようになった。


 理由は単純だ。


 年下の女の子にすら勝てないなら、同年代に挑んでも仕方がない。


 まずは蘭を倒す。


 そこからだ。


 もう一つ理由があるとすれば、相手を探して広場へ行くと、蘭はだいたい一人でいた。


 子供たちが殴り合って遊んでいる少し外側。


 そこにぽつんと立って、じっと眺めている。


 表情は変わらない。


 羨ましそうにしているわけではない。


 寂しそうにしているわけでもない。


 少なくとも、顔には何も出ていない。


 だが、いつも一人で見ているということは、混ざりたいのではないか。


 そう私は判断した。


 蘭は無表情すぎる。


 何を考えているのかわかりにくい。


 だから周りの子供たちも、誘いにくいのかもしれない。


 実際、私が近づいて声をかけると、蘭は断らない。


「相手をしてくれ」


「いいよ」


 いつも、それだけだ。


 嫌そうな顔はしない。


 嬉しそうな顔もしない。


 ただ、淡々と相手をしてくれる。


 最初の頃は、迷惑なら頻度を落とそうかとも考えた。


 だが、私が声をかけると蘭はすぐに立つ。


 面倒そうにもしない。


 それなら、たぶん嫌ではないのだろう。


 むしろ、相手をしてもらえるのは嬉しいのかもしれない。


 そう勝手に判断した。


 そして私は、毎回のように転がされた。


 剛武に教わった動きは、少しずつ身についている。


 魔物の血肉を食べ、鍛錬も続けている。


 以前の私よりは確実に強くなっている。


 それでも蘭には届かない。


 踏み込む。


 崩される。


 掴もうとする。


 外される。


 耐えようとする。


 転がされる。


 見えているはずなのに、体が間に合わない。


 見えていない時は、もっとひどい。


 ある日、当たりどころが悪かったのか、私は意識を失った。


 気づいた時には、自分の家の前にいた。


 いや、正確には、蘭の背中にいた。


 蘭が私を背負って歩いていた。


 小柄な体なのに、足取りは安定している。


 私は半分ぼんやりした頭で、自分が運ばれていることを理解した。


「……下ろせるか?」


「家まで」


「歩ける」


「ふらふらしてる」


 確かに、頭が揺れていた。


 反論できなかった。


 家に着くと、雷華がすぐに出てきた。


「あら、剛理。また?」


 また、ではない。


 いや、またなのかもしれない。


 私は地面に下ろされ、雷華に状態を見られた。


 腕は動く。


 足も動く。


 骨はたぶん大丈夫。


 頭は少し痛い。


 雷華は一通り確認すると、蘭に向き直った。


「運んでくれてありがとう。蘭も食べていきなさい」


 蘭は少しだけ首を傾げた。


「いいの?」


「ええ。剛理を運んでくれたお礼よ」


 その日、蘭は私の家で食事をした。


 食卓はいつも通り騒がしかった。


 父は肉を食べながら筋肉の話をする。


 蓮華は私をからかう。


 剛武は私の怪我を心配しつつ、蘭の強さに少し感心している。


 雷華は全員の食べ方と体調を見ている。


 私はまずい飯を食べながら、蘭を見た。


 蘭は黙って食べていた。


 表情は変わらない。


 だが食べながら、うちの家族をずっと見ていた。


 父を見る。


 母を見る。


 蓮華を見る。


 剛武を見る。


 そして、私を見る。


 何かを観察しているようだった。


 何が珍しいのかはわからない。


 騒がしい食卓が珍しいのか。


 それとも、家族同士の距離感が珍しいのか。


 私は少し気になった。


 ただ、それ以上深く考える余裕はなかった。


 頭がまだ痛かったからだ。


 その日以降、蘭が私を家まで運んでくることが増えた。


 理由は明らかだった。


 私が気絶する回数が増えたのだ。


 ……本当に増えた。


 いや、私の受け身が悪いのかもしれない。


 蘭が強いからかもしれない。


 当たりどころが悪いだけかもしれない。


 だが、どうにも疑念が残る。


 こいつ、飯を食いたくて私を気絶させているのではないか。


 そんな疑いが頭をよぎった。


 蘭は無表情なので、真意が読めない。


 私を背負って家に来る。


 雷華に食事へ誘われる。


 黙って食べる。


 家族をじっと見る。


 そして帰る。


 その流れが、妙に自然になっていった。


 もし食事目当てなら、それはそれで構わない。


 私としても遠慮なく挑める。


 こちらは勝ちたい。


 蘭は食事が欲しい。


 利害が一致している。


 そう考えることにした。


 ただ、問題がある。


 これだけ頑張っているのに、私は毎度のように気絶させられている。


 いくら何でも、私が弱すぎるのではないか。


 そう思わないでもなかった。


 それから、一年近くが経った。


 私はまだ蘭に勝てていない。


 ただ、変化はあった。


 ここ最近の二か月ほどは、蘭と戦っても気絶しなくなった。


 転がされる。


 倒される。


 息を詰まらせる。


 地面に這う。


 そこまではある。


 だが、意識は残る。


 自力で家に帰れる。


 それは成長だった。


 成長ではあったが、別の問題も起きた。


 蘭が私を家に運ぶ理由がなくなった。


 つまり、蘭がうちで食事をする機会もなくなった。


 食事目当てで気絶させていたのではないかという疑惑は、ここで一応薄れた。


 私が気絶しなくなっても、蘭は普通に相手をしてくれるからだ。


 とはいえ、蘭がうちに来なくなったことは、少しだけ引っかかった。


 別に寂しいわけではない。


 ただ、食卓で家族をじっと見ていた姿が、妙に記憶に残っていた。


 そんな頃、蘭が怪我をした。


 私との勝負で、ではない。


 危険地帯に近い場所での鍛錬中に怪我をしたらしい。


 詳しい状況は知らない。


 命に別状はないと聞いたので、大きな問題ではないのだろう。


 剛力王国では、怪我は珍しいことではない。


 特に強くなろうとする者は、だいたいどこかで怪我をする。


 蘭ほど強くても、まだ子供なのだ。


 無敵ではない。


 私は一度だけ見舞いに行った。


 蘭の家は、私の家とは少し空気が違っていた。


 静かだった。


 悪い家というわけではない。


 食事もある。


 寝る場所もある。


 怪我をした蘭も、ちゃんと手当てされていた。


 だが、どこかよそよそしい。


 蘭と家族の距離が、少し遠い。


 私の家のように、父が騒ぎ、蓮華が距離を詰め、剛武が慌て、雷華が全員を見ているような空気ではない。


 蘭は布団に座っていた。


 私を見ると、いつも通り無表情に言った。


「来たの」


「死んでないか見に来た」


「死んでない」


「ならいい」


「うん」


 会話はそれだけだった。


 心配はしていない。


 命に別状がないことは確認した。


 だから問題ない。


 そう思って帰った。


 だが、蘭が戦えない期間は困った。


 剛武は毎日相手をできるわけではない。


 蓮華は強すぎる。


 父は論外。


 蘭がいないと、私の戦う相手が足りない。


 それに、私は自分の現在地を知りたかった。


 まだ蘭には勝てない。


 だが、一年前の私とは違う。


 なら、同年代との差はどれくらい埋まったのか。


 それを確認する必要がある。


 私は、以前戦った同年代の子供たちに挑むことにした。


 結果から言うと、ほとんど戦いにならなかった。


 最初の相手は、正面から来た。


 私はそれを避け、足を崩した。


 相手は転がった。


 次の相手は、力で押してきた。


 私は受け流して、体勢を崩した。


 相手は倒れた。


 その次も、その次も似たようなものだった。


 私は勝った。


 あっさりと。


 あまりにもあっさりと。


「本気を出してくれ」


 私は倒した相手に言った。


 相手は土を払いながら、少しむっとした顔をした。


「出してるよ」


「本当に?」


「本当だよ!」


 私は困惑した。


 これが本気。


 こいつらの強さは、この程度だったのか。


 いや、違う。


 一年前の私は、この程度にすら勝てなかった。


 つまり、私が強くなったのだ。


 それはいい。


 いいはずだ。


 だが、頭の中は別の疑問でいっぱいだった。


 それなら、蘭は何なのだ。


 同年代の子供たちに勝てるようになった。


 昔の敗北を返せるくらいにはなった。


 なのに、蘭にはまだ勝てない。


 年下で、小柄で、広場の外で一人立っているあの女の子は、いったい何なのか。


 私は倒した相手たちに礼を言った。


「相手をしてくれてありがとう」


 村長を目指すなら、余計な敵は作らない方がいい。


 勝った相手を無駄に見下す必要はない。


 むしろ、今後も相手をしてもらえる関係の方が得だ。


 私は適当に言葉を整え、その場を離れた。


 そして家に帰り、雷華に話した。


「同年代には勝てた」


「あら、そう」


「でも、蘭には勝てない」


「そうでしょうね」


 雷華は当然のように言った。


 私は顔を上げる。


「当然?」


「ええ。蘭は特別だから」


 特別。


 私は蘭について、ほとんど知らないことに気づいた。


 私にとって蘭は、倒すべき相手だった。


 年下の女の子。


 無表情。


 一人で広場の外にいる。


 やたら強い。


 それくらいの認識しかない。


「蘭は、何なんだ?」


 私が聞くと、雷華は少しだけ表情を改めた。


「蘭の両親は、もう亡くなっているわ」


 私は黙った。


「今は、父方の弟の家に身を寄せているの」


「父方の弟」


「蘭にとっては叔父ね。その家で育っているわ」


 私は見舞いに行った時の空気を思い出した。


 静かな家。


 よそよそしい距離。


 蘭だけが、少し浮いているような感じ。


「あまり仲がよくない?」


「悪い人たちではないわ。でも、難しいの」


 雷華は少し言葉を選んだ。


「蘭は、隔世遺伝でかなり強い肉体を持って生まれた子よ」


「隔世遺伝」


「ええ。親よりも、周囲の子よりも、ずっと強い。力の出方が普通の子と違うの」


 それで、あの強さか。


 年下で小柄なのに、同年代の子供よりずっと強い。


 見た目と中身が合っていない。


 私が勝手に弱いはずだと思っていた相手は、最初から普通ではなかったのだ。


「昔、力加減を間違えたの」


 雷華は続けた。


「赤子に対して?」


 私は剛武のことを思い出して聞いた。


 雷華は頷く。


「似たようなことは、この国ではそれなりにあるわ。子供が赤子を抱いて、力加減を誤る。剛武の時のようにね」


「でも、蘭は違った?」


「本当に危ないところまでいったの。蘭は力が強すぎた。本人に悪気はなかった。でも、相手はそう受け取れないこともある」


 私は少しだけ理解した。


 剛武は私を抱き潰しかけた。


 だが、あの時は雷華が止めた。


 剛武は謝った。


 その後、家族は力加減を覚えさせた。


 私も時間をかけて受け入れた。


 だが、蘭の家では、そう簡単にはいかなかったのだろう。


「叔母は、戦士の家の女ではないの」


「戦士ではない?」


「身体強化で補うことはできるけれど、純粋な戦士ではないわ。だから、力の強い子供の失敗を、戦士の家ほど当然のものとしては受け止められなかったのだと思う」


 それは責めにくい。


 赤子を殺しかけた子供。


 その事実だけ見れば、怖いと思うのは自然だ。


 剛力王国では珍しくないと言われても、全員が納得できるわけではない。


 蘭の力が普通より強いなら、なおさらだ。


「だから、蘭は肩身が狭い思いをしているのかもしれないわね」


 雷華は静かに言った。


 私は見舞いの時の家を思い出した。


 あのよそよそしさ。


 広場で一人ぽつんと立っていた姿。


 私の家で食卓をじっと見ていた姿。


 つながった気がした。


 蘭は、ただ無表情なだけではないのかもしれない。


 混ざりたくても、混ざれない。


 近づけば怖がられる。


 力加減を間違えれば危ない。


 だから少し離れて見ている。


 そう考えると、彼女がいつも一人だった理由も見えてくる。


 もっとも、それは私には関係ない。


 蘭の家族仲がどうであれ、私がやるべきことは変わらない。


 蘭は私より強い。


 村長を目指すなら、いずれ障害になる可能性がある。


 それだけだ。


 ……それだけのはずだ。


 少しだけ、胸の奥に引っかかるものはあった。


 蘭が私の家の食卓を見ていた理由。


 何度も私を運んできた理由。


 私が挑むと断らなかった理由。


 そのあたりを考えると、ただの倒すべき相手として片づけるのは、少し雑かもしれない。


 私は雷華に聞いた。


「蘭の怪我は、どれくらいで治る?」


「数日は安静ね。その後、様子を見ながらでしょう」


「そう」


「また見舞いに行くの?」


「一回だけのつもりだった」


「だった?」


 雷華が少し笑った。


 私は顔を逸らした。


「戦う相手がいないと鈍る」


「そう」


「だから、治るまでは様子を見に行く」


「そうね」


 雷華の声が少しだけ柔らかかった。


 私はその柔らかさが気に入らず、少し眉を寄せた。


 別に同情ではない。


 蘭は倒すべき相手だ。


 強い相手が勝手に弱られても困る。


 だから、状態を確認する。


 それだけだ。


 そう自分に言い聞かせた。


 翌日、私はまた蘭の見舞いに行った。


 蘭は布団の上で、前と同じように座っていた。


「また来たの」


「暇だったから」


「そう」


「怪我は?」


「まだ痛い」


「なら、まだ戦えないな」


「うん」


 会話は短い。


 だが、蘭は私を追い返さなかった。


 私は部屋の隅に座り、少しだけ話した。


 話したと言っても、大した内容ではない。


 広場のこと。


 同年代に勝てたこと。


 蘭にはまだ勝てないこと。


 蘭はそれを黙って聞いていた。


「私が治ったら、またやる?」


「やる」


「うん」


 それだけで話は終わった。


 帰る時、蘭は少しだけこちらを見た。


 表情は変わらない。


 だが、何となく。


 本当に何となくだが。


 前より、少しだけ近い気がした。


 気のせいかもしれない。


 私はそう思いながら、蘭の家を出た。


 そして決めた。


 治るまで、何度か顔を出す。


 理由は、蘭が私より強いから。


 私が越えるべき相手だから。


 それ以上の意味はない。


 たぶん。


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