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ある悲劇の話

作者: barth

「全く。 なんで、こうなったんだろうな?」


 そう言って、男は笑った。

 酷く楽しそうに。 懐かしい顔で。




 今から五年前、戦争が始まった。

 元々関係の危うかった隣国同士のいざこざはあっというまに全面戦争へと移行し、そして。

 リズは徴兵された。

 流行らない剣術道場の師範だった落ちこぼれは、あっという間に中流階級の年収と同じだけの金額を稼ぐことになった。

 国のために。

 王のために。

 そんな建前を振りかざして上司は言う。


 殺せ――

 奴等を殺せ――


 斬った。

 何人、何十人、何百人。

 生きるために斬った。 殺すために斬った。 国のために、人を殺した。

 それまで虫も殺さぬ善人だった筈が、気が付けば大儀の名の下に血で血を洗っていたのだ。 何とも傑作じゃないか。

 あっという間に十七部隊の隊長に上り詰めたリズは、軍の施設でとある噂を耳にした。

 

 ――敵国の将軍に、平民からのし上った化物が居る。


 何となく聞いていただけの噂だったが、何の悪戯か。

 そのすぐ後についた作戦で剣を交えることになったのが、その化物の率いている隊だった。


 殺した。

 いつもの様に。

 

 向かってくる敵を斬り、味方が斬られたらその倍の敵を斬り。 一切の容赦なく、振り返ることもなく、ただひたすらに突き進んだ。

 気が付けば、残っている味方は自分一人。

 

 だが、それがどうした?

 

 自分しか残ってないなら、自分一人で斬ればいい。

 幸い敵も、残っているのはあの化物だけだ。


「……リゼニア、か?」


 本当。 一体何の悪戯か。

 平民からのし上った将軍、稀代の化物、敵国の英雄。


「ラトリクス……?」


 かつて共に剣術を学び、同じ飯を食い、同じ誓いを交わした盟友が、いつの間にかそこに立っていた。

 いや、違う。

 始めから、だ。


「はは、なんだよ。 敵に平民から貴族階級までのし上った化けモンがいるって聞いたことはあったが、な」


 どうやらリズとそう変わらない噂を耳にしていたらしいその男は、三年前から連絡の取れなくなっていたリズの兄弟弟子。

 だが、再会の喜びはない。

 お互い血に塗れて、お互い人殺しで。 お互い、昨日まで自分と隣で一緒に笑っていたであろう味方の誰かの血で染まっている。

 何かを守るために学んだはずの剣術で、奪いつくした代償がこれだ。

 カミサマというものは、つくづく悲劇がお好きらしい。


「……」

「そうだよな、やっぱ」


 ラトリクスが苦笑を漏らす。

 故意にする必要など無い。 気が付けばもう、リズの腕は剣を構えて狙っている。

 

 誰を?

 

 決まっている。

 目の前の敵を、だ。




 合図は無い。

 互いに呼吸が整った瞬間が始まり。


「ッ!」


 踏み込みに一秒は掛からない。

 慣れた動作で突き出した剣先が、ラトリクスの頬を浅く裂く。

「……ィ」

 頬から血飛沫を上げて尚踏み込んできたラトリクス。

 リズとは反対側で横に構えた刃をぎらつかせながら、歯を剥き出したその顔は勝利を確信していた。


「甘い」


「!?」 

 刹那。

 風の音のような囁きを聞いた気がしたが、その時にはもう――

「セッ!!」

 彼の身体は動いていた。 

 目前に見えた勝利からの余裕か。 その時思わず漏れてしまった声。

「ちっ」

 忌々し気な舌打ちが、リズの口から響く。

「忘れてたぜ、お前の得意技……」

 それとは対称に苦々しげな笑みを浮かべているのは、九十度向きを変えて彼の剣を受けているラトリクスだ。


 突きと見せかけて、実は薙ぎ。

  

 目で追うことすら叶わない神速の突きは、踏み込んできた相手を確実に仕留める。

 そして、仕留められなかった場合、相手は油断する。  

 避けた、と。

 それこそが、剣豪リゼ二ア・ベルフォネットをここまで生き残らせてきた、決定的な瞬間だとも知らずに。

 

「やっぱり、君には効かないか」

「お前の言葉がなきゃ、正直腕の一本くらいは持ってかれてただろうぜ」


 横に振り切る最中に止められた刃と、それに十字に重なるよう叩きつけられた刃が、互いに震えてゆく先を塞ぐ。

 拮抗しているかに見えたのは一瞬。

 互いに重心を変えた刃は流れるように相手の剣を滑り、


「ぉらあっ!!!」


 切り返したラトリクスの刃が僅かに速度で勝り、リズの姿を下から縦に切り裂く。

 だが、どういうわけか、既にリズの姿はそこには無い。


「なっ――!!?」


 切り返すのではなく、敢えて勢いのまま一回転。

 眼前に敵が居るというのに目を離す愚か者など考えられない。 だが、その考えられない行為は確実に、速度だけを考えた刃の射程を僅かに上回ったのだ。

 衣服を掠めただけの刃は元から方向転換など考えてはいない。

 打ち出された剣は、僅かな手ごたえだけラトリクスに残して斬り上がり、


「ふっ!」


 真横から来た衝撃であっけなく彼の手から離れていった。

 

「なんだよ、俺の負けかよ……」

 呟きと共に、ラトリクスはリズを見る。

 振り上げられた剣。 血に塗れた容姿。 昔の仲間。


「全く。 なんで、こうなったんだろうな?」

 

 そう言って、目の前の男は笑った。

 酷く楽しそうに、懐かしい顔で。


「さあな?」

「最後に一つ、聞かせろ」

「なんだよ?」


 てっきりこのまま斬られるかと思っていたラトリクスが意外そうに、感情の色を失った友の目を覗く。


「なんで、手を抜いた?」


 リズは、震えていた。

 悲しみ?

 いや、違う。 まるで逆だ。


「……さあな?」


 ラトリクスは答えない。 それがまた、リズの感情を逆撫でる。

 リズは手を抜いていない。

 戦場でいつも通り、目の前の敵を切り殺すだけだ。

 全力で、無慈悲で、圧倒的なまでに。

 なのに、この目の前の男はどうだ?

 まるで殺気が無い。

 大方この男のことだ。 どうせ友人だから、なんてつまらない理由だろう。


 仲間を殺したくせにっ。 仲間を殺されたくせにっ! 戦場に立っているくせに!!!

 

 人間らしい感情が、この上なく腹立たしかった。

 傑作じゃないか。

 今まで殺したくて人を殺したことなどなかった。 そんな中、初めて殺したいと思った相手が親友だなんて。

 本当に、カミサマというものは、つくづく悲劇がお好みのようだ。

 だったら、最高の悲劇を味あわせてやる。


「……ハァッ!!」

 

 かざしていた腕を振り切った。

 硬質な剣を通して、確かな手ごたえが彼の掌に伝わって来る。

 硬いものにぶつかった、あの鈍い感触が……













「……いっってぇええええええええ!!!?」

 ラトリクスが、吼える。

 頭蓋に打ち付けられた剣の感触に。

 真横にした剣の腹で、思いっきりアタマをぶん殴られたが、故に。


「ふん、それくらい我慢しなよ」

「いや無理だろ! 鋼だぞそれ!?」


 頭を抱えながらごろごろと転がるラトリクスを横目に、リズが大きく溜め息を吐いた。

 本当、大した代償だ。

 この戦が終われば、大貴族の娘との婚姻も決まっていた。 何より敵の英雄将軍を倒したとなれば、その報酬は計り知れない。

 その全てを分投げてやるというのだから、これくらいは我慢してもらってもバチは当たらないだろう。

 そんなことを考えながら、リズは剣を鞘に収めた。


「ラトリクス」

「あんだよ?」

「この戦争を始めたのは、誰だったか君は覚えてる?」

「ふん、そう来なくちゃな」


 大きな目でぱちくりと瞬きした後、ラトリクスはにぃっと笑った。

 その顔に、何やらまんまとしてやられた感を覚えながら、リズの眉間にしわが刻まれる。

 本当、どうかしている。

 剣を交えた瞬間に分かっていた。

 目の前の男が、決して化物なんかではない事が。

 少なくとも、自分との戦いでこの男は手を抜いた。

 手を、抜くことができた。

 そう思ったら、なんだか全てがバカらしくなったのだ。

 戦争も、人殺しも、何もかもぶん投げて踏みつけてやりたくなったのだ。

 そんなものの言いなりになってへこへこ付き従っていた、忌々しい十七部隊長も。


「おい、ぐずぐずすんな。 おいてくぞリズ」

「ふふ、もう一発、いっとくかい?」


 ぎゃあぎゃあとわめきながら、二人の男が戦場を後にする。

 

 一人は、化物将軍ラトリクス。

 一人は、悪魔の十七部隊隊長リゼ二ア。


 ここに居るのは、後にお互い、両国の国王となる二人。


「とりあえず、まずは俺のほうからやっていくか」

「はぁ、本当どうかしてるよ。 たった二人で両国に喧嘩を売りに行くなんて」

「ま、なんとかなるだろ」

 ラトリクスが笑う。 それにつられて、


「全く。 なんで、こうなったんだろうな」  


 そう言って、男は笑った。

 酷く楽しそうに。 懐かしい顔で。

さくっと書いてみた短編です。

評価など頂けたら、作者がたいそう喜びますw

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