第十七話「足音、ふたつ」⑤
夜久は蒼依の隣を通り過ぎて、扉から一歩分だけ下がった場所に立った。
蒼依が扉の前に進んだ。閂を外した。扉を蹴り開けた。
部屋の中に、男が立っていた。
体格は大きかった。蒼依の見立て通り、金属の胴鎧を着込んでいた。背負っていた大剣をすでに抜いて構えを取り、四十がらみの傷跡の多い顔でこちらを見ていた。戦ってきた人間の顔だ。蒼依を見て、一瞬だけ目が細くなった——小娘一人、という軽い判断ではなかった。廊下の音を聞いていた。この娘が自分のところまで来た、という意味を測っている目だった。
「俺の部下を倒してきたのか」
男の声は静かだった。怒っていない。確認している声だった。
「全員じゃないけど」
蒼依は構えを取りながら答えた。
男が動いた。大剣が縦に振り下ろされる——速い。体格の割に速かった。蒼依は左に飛んでかわした。石畳に刃が当たって火花が散った。男がすかさず横に薙ぐ。蒼依は大きく下がった。刃が空を切った。
男は追わなかった。間合いを維持したまま、蒼依を見ていた。
大剣は重い。当たれば終わる。でも振り回せば隙が生まれる。蒼依はそれを冷静に計算していた。夜久が何年もかけて体に染み込ませてきたのと同じように、蒼依も道場での日々がある。型は違う。流派も違う。でも体を動かし続けてきた人間が知っていることは、根っこで共通していた——動けば隙が生まれる。その隙に入れるかどうか、全部そこだ。
男が踏み込んできた。今度は突きだった。鋭い。大剣の間合いが活きる距離からの真っすぐな一撃。
蒼依は踏み込んだ。
突きの内側へ、真っ向から入った。剣の腹と体が触れそうになる距離まで詰めて、大剣が有効に使えない間合いに自分を置いた。男の目が揺れた。こんな動きをするとは思っていなかった。その一瞬に、蒼依の肘が男の脇腹を打った。金属鎧の継ぎ目を狙った打撃だった。鈍い音がした。男の体が傾いた。
引かずに踏み込んで、男の剣を持つ手首の外側に両手を当てた。重心を乗せて、外側から内側へ押し込む——手首の関節を逆に取る動きだった。男が呻いた。大剣が石畳に落ちた。乾いた音が部屋に響いた。
男がもう一方の手で掴みかかってくる。蒼依はそれを使った。掴まれた腕を支点にして体を回し、遠心力を乗せた掌底を男の顎に打ち込んだ。首が揺れた。男の膝が震えた。
蒼依は下がらなかった。
踏み込んで、右の正拳を脇腹の継ぎ目に真っすぐ撃ち込んだ。一発。二発。男の体から力が抜けていく感触が、拳に伝わってくる。三発目——今度は顎を狙って打ち上げた。重心を乗せた、全力の一撃だった。
男の首が、後ろに大きく揺れた。
そのまま、後ろへ倒れた。石畳に背中から叩きつけられて、動かなくなった。胸が規則的に上下している。生きている。ただ、意識がない。
蒼依は構えを解かないまま、男を見下ろした。しばらく動かないことを確認してから、ゆっくりと拳を下ろした。
拳が熱を持っていた。震えていた——体が興奮しているだけだ。そう自分に言い聞かせた。




