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第十七話「足音、ふたつ」

 砦の外壁は、古かった。


 石と石の合わせ目に苔が入り込み、表面がなだらかに欠けていた。月明かりが壁の陰になる側を選んで、夜久は外周を音なく辿った。観桜が、砦の内側の気配を連続して拾っていた。中庭に二人。建物の角を挟んだ向こうに一人。廊下の奥で複数の声——笑いの混じった声と、それに混じって細い声がある。その細い声が、かすかだが確かに届いていた。


 蒼依の声ではない。


 でも、聞き覚えのある種類の声だった。怖がっている。助けを求めているのを、声に出せないまま殺している。そういう声だ。


 夜久は足を止めた。


 壁の死角を選んで、砦の外周をさらに半周する。正面の門は避ける——見張りが二人、望楼に一人。裏手に回ると、以前の偵察で確かめた箇所がある。石積みの一角が補修されずに残っていて、古い木の柵が内側に立てかけてあった。そこに隙間がある。人一人、身を屈めれば通れる。


 夜久は足音を殺したまま、その隙間に近づいた。


 息を整えた。砦の内側の気配を、もう一度束として感じ取る。中庭の二人は焚き火の前に座ったまま動かず、建物の角の一人は正面を向いて立っている——こちらには背を向けている。隙間から入って壁沿いに進めば、三人の視野の外に出られる。


 きゅうかた夜桜よざくら

 足音・呼吸・気配を消し、相手の認識外から一太刀を入れる型。


 その在り方を体の底から引き出すように、夜久は意識を薄くした。自分という存在を、夜の空気に溶かし込む。剣を抜くより先に、夜久という人間が夜に馴染んでいく。月明かりの中でさえ、影が薄くなるような感覚。幼いころ祖父に繰り返させられた稽古の意味が、こういう瞬間に体の底から浮かび上がってくる。


 隙間をくぐった。


 砦の内側の空気が、肌を包んだ。焚き火の熱。石の冷気。それから——人の匂い。汗と皮革と鉄が混ざり合った、複数の人間が長く留まっている場所の匂いだ。


 壁沿いを滑るように進んだ。焚き火の前の二人は、杯を手にしたまま話し込んでいた。夜久の存在を認識していない。建物の角の一人は欠伸をひとつして、街道の方を向き直った。夜久は建物の影に入った。


 観桜が、砦の全体像を少しずつ補完していく。


 内部は思ったより複雑だった。中央に大きな建物がある。そこから翼状に廊下が伸びて、両側に部屋が並んでいる。捕虜の部屋はそこだろう。笑い声と細い声は——右の翼の奥だ。


 夜久は影桜の柄に左手を添えて、建物の入り口へ向かった。

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