第十六話「星ひとつ」③
夜が更けていくにつれて、砦の喧騒は変質した。
足音の数が減った。笑い声が引いた。酒の匂いが石の隙間を通って漂ってきたかと思うと、しばらくして消えた。それでも定期的に扉の前を誰かが通る音だけは続いていた。見張りの交替があるらしく、気配が一定の間隔で入れ替わる。一人のときと、二人のときがある。入れ替わりの瞬間に、数歩ぶんの空白が生まれた。
蒼依は壁に背を預けながら目を閉じて、その間隔を数えた。眠っているように見せながら、耳だけを外に向けていた。素振りの本数を数える感覚に似ている——一定のリズムを体に刻み込んでいく、あの地道な作業と。一度目に空白を確認した。二度目に長さを測る。
もう一度確認できれば、動ける。
部屋の中では、村人たちが静かに時間を過ごしていた。眠れる者は眠り、眠れない者は壁に寄りかかって目を閉じている。マルタさんが水の分配を仕切り、老いた者の傍についていた。誰も騒がなかった。何年も積み重ねてきた生活の堅さが、今この場所でも折れていない。
廊下の向こうで、声がした。
男の声だった。複数。笑い混じりの、軽薄な声。それに混じって——細い声が聞こえた。女の声だ。
蒼依は目を開けた。
声はくぐもっていた。抑えられていた。でも、恐怖の色ははっきりとしている。廊下の先か、隣の部屋か——笑い声は止まらなかった。細い声は、少しずつ切迫していく。
胃の底が、冷えた。
夜明けを待つつもりだった。三度目の空白を確かめて、万全の状態で動くつもりだった。準備はまだ半分だ。でも。
今夜という夜が、その声に対して何ができるかを考えた。答えは最初から一つしかなかった。
「マルタさん、少しだけ聞いてほしいことがあります」
と蒼依は小声で呼んだ。




