第十六話「星ひとつ」
星川蒼依が賊に囲まれたのは、夜久と手分けして村の入り口側を探していたときだった。
煙が漂う石畳を歩いていた。燃える家の残骸を横に見ながら、怪我人がいないか、隠れている者がいないかと目を配っていた。
気配に気づいたときには、すでに遅い。建物の陰から男が出てきた。一人、二人——振り返った瞬間に三人目が後ろを塞いでいた。叫ぼうとした口に布を押し込まれ、手首を後ろにねじり上げられた。抵抗した。膝を上げて蹴りを狙い、肘を送ろうとしたが、四方から腕が絡んでいては角度が出ない。腕を引き絞られ、関節が限界を訴えるところまで持っていかれた。今ここで体力を削るのは得策じゃない——そう判断して、体から力を抜く。
門の近くの広場に、連れ出された。
縄で縛られたまま男たちの輪の中に立たされていると、煙の向こうから足音が来た。
夜久だった。
走ってくる。影桜の柄を握りながら、石畳を蹴って、まっすぐこちらへ向かってくる。蒼依は喉の奥から声を出そうとした。布が塞いでいた。来るなと言いたいのか、早く来いと言いたいのか、自分でも分からない。分からないまま、声にならない声が漏れ続けた。
夜久が足を止め、男たちと向き合った。
六人が動いた。夜久も動いた。
蒼依は見ていた。見ていることしかできなかった。男たちが夜久を囲んで圧力をかける——夜久がその圧力を、体一つで捌いていく。棍棒、剣、斧、組みつき。正面から受けず、逸らし、崩し、入り込んで、落とす。音が次々に上がって、一人ずつが地面に吸い込まれていく。息が止まりそうだった。信じられない。信じたかった。
六人が伏した。
そのとき、ローブの男が動いた。
空中に、火が生まれた。一つではない。次々と浮かび上がって、五つ、六つ、七つ——橙と赤が混じった球が夕暮れの空気の中に並んで揺れている。魔法だ、と蒼依は思った。嘘みたいな言葉が、目の前で現実になっていた。
火球が一斉に動いた。全方位から、夜久に向けて殺到する。
避けきれない——そう見えた瞬間、夜久の口が動いた。言葉が聞こえた。刹那の後、七つの炎が全部、斬られていた。石畳に焦げ跡だけが残り、煙が散って消える。蒼依は息ができなかった。涙が頬を伝っていた。泣いているとは気づかなかった。
ローブの男が背を向けて歩き去った。
そのときだった。
「馬車に押し込め。先に行け」
頭目の男の声が、背後から来た。引っ張られた。蒼依は夜久を振り返った。残る八人が夜久を囲もうとしている。夜久が影桜を抜いた。漆黒の刀身が、炎の光を受けた。
その場面を最後に見て、扉が閉じた。
馬車が動く。
御者は一人だった。
他の仲間は村に残していった——夜久が相手だから、数が要る。そういうことだろうと、蒼依は転がりながら思った。荷台の中は自分一人で、揺れが来るたびに肩が床板を打った。後ろ手に縛られているから体重を逃がす場所がない。手首に食い込む縄は荒縄で、もがくほど肌に深く刻まれる。指先の感覚が少しずつ薄くなっていく。口の布は唾液を吸って重くなり、頬に荒削りの木の感触が当たり続け、揺れのたびに小さな傷が増えていく。
痛い。生きてる。
その確認を、揺れのたびに繰り返した。
夜久は、あの八人を相手にしている。
勝てる——それが願望ではなく事実だと信じる根拠を、蒼依は今夜、その目で見ていた。だから今すべきことは、自分がいる場所で、自分にできることを考えること。感情を後回しにして、今この瞬間に必要なことだけを前に置く。耳だけを外に向けた。車輪の音が砂利を踏んでいる。森に入ったのか、木の葉が風に揺れる音が断続的に聞こえた。板の隙間から差し込む夕光が青灰色に変わり、やがて消える。夜が、馬車ごと丸ごと包み込んでいった。
砂利の振動が石畳の振動に変わり、馬車の速度が落ちた。金属が軋んで重いものが動く——門だ。
砦に着いた。
体中が石臼で挽かれているように痛かったが、頭だけは冷えていた。扉が開いた瞬間から、観察を始める。ただそれだけを決めた。




