第十五話「夜道」③
村を出ると、夜の街道があった。
松明もなく、月明かりだけが砂利道の白さを薄く照らしていた。草原の草が、夜風を受けてさやさやと鳴っていた。虫の声がある。それ以外は何もない。人の気配は、どこにも感じられなかった。
夜久は歩いた。
影桜の柄に左手を添えながら。足音を殺して、石畳から砂利道への移り変わりを足の裏で感じながら。昼間にここを走ったとき、蒼依は隣にいた。今は誰もいない。足音がひとつ分しかない。その静けさが、夜の中でいつもより鮮明に響いた。
ジャンヌが言っていた地形を頭の中で引いた。
オルディナとは逆の方向に街道を進む。森の中に分岐がある。そこを奥へ行けば廃村。さらに先が、山の麓の旧い砦の跡。距離の感覚はまだつかめていなかった。でも、方向は分かっていた。
蒼依が連れ去られた馬車は、この道を行った。
今朝、二人で走って来た道を、今夜は一人で歩いている。同じ道が、昼と夜で全く違う顔をしていた。草の匂いも、土の感触も、同じはずなのに、何かが違った。人が隣にいないだけで、これほど世界の手触りが変わるのかと、夜久は思った。
街道を進むうちに、草原が途切れ、木々が増え始めた。月明かりが枝葉に遮られて、道が暗くなっていった。夜久は歩調を落とさなかった。暗さは、目で補うものではなかった。
観桜。
視野を広く柔らかく保つ。一点に意識を絞らない。音の方向、空気の流れ、草の揺れ方、虫の声の密度。それらを束として感じ取る。人の気配というのは、その束の中に混ざり込んでいるものだ。呼吸の熱、靴底が地面を踏む微かな振動、衣擦れの音。意識した瞬間に消えるが、観ていれば届く。幼いころから繰り返してきた稽古が、今この暗い道の上でひとつひとつ息づいていた。
森に入った。
木々の間から見える星が、ぽつりぽつりと点っていた。街道はまだ続いていたが、細くなっていた。長く使われていない道の雰囲気がある。荷車の轍の跡は残っていた。新しい跡が、月明かりの中にうっすらと読めた。今日の轍だった。
深く息を吸った。
木の匂い。土の匂い。それから——馬の匂いが、かすかに混じっていた。




