第十五話「夜道」②
ディルクの傍へ行ったのは、村の音が少し落ち着いたころだった。
ディルクは桶を持ち上げながら、夜久が近づいてくるのを横目で見た。何も言わなかった。手を止めなかった。次の桶を受け取り、崩れた壁の残り火へ向かう仲間に渡した。
この男は戦わない。剣も魔法も持たない。それでも今夜、誰よりも早く動いていた。荷運びの仕事で鍛えた体が、黙々と動き続けていた。汗が額に光っていた。
「少し出ます」
と夜久は言った。
ディルクは動きを止めなかった。
「捜索開始時刻までには戻ります」
ディルクが桶を置いた。それからようやく夜久の方を向いた。
夜久の目を見た。何かを測るような間があった。測るというより、確かめている間だった。この十五年、街道で人を見続けてきた人間の目だった。旅人も、商人も、賊も、逃げる者も、追う者も。そういう人間を何百人も横目に見ながら荷を運んできた目が、今夜も静かに夜久を見ていた。
「無茶はするなよ」
とディルクは言った。それだけ。それ以上は、何もなかった。
夜久は一秒、ディルクの顔を見た。
「ありがとうございます」
深く頭を下げた。ディルクはすでに次の桶を手にしていた。お互い、それ以上を言葉にしなかった。言葉にしなくても、十分に届いていた。
夜久が踵を返そうとしたとき、ゼータがそこにいた。気づいていなかった。いつの間にか、夜久のすぐ傍に立っていた。
灰色の目が、夜久を見上げていた。
「気をつけて」
とゼータは言った。
夜久は少し間を置いた。
「ああ」
ゼータはそれ以上何も言わなかった。視線を桶の方へ戻した。夜久は門の方へ向かった。




