7/46
第二話「剣と魔法と知らないおじさん」
最初に感じたのは、土の匂いだった。
次に、光。
道場の蛍光灯とは違う、黄みがかった柔らかい光が、葉の隙間から斜めに差し込んでいた。木々は太く、高く、幹に苔が張っていた。足元は踏み固められていない土で、靴底に柔らかく沈む。風が吹くたびに、どこか遠くで鳥が鳴いた。聞いたことのない声で。
夜久は立っていた。影桜を右手に持ったまま、しばらく動かなかった。
視界に入るものが、全部、さっきまでと違う。
道場がない。住宅街がない。アスファルトがない。空の色まで、わずかに違う気がした。青が深い。雲の形が違う。空気の重さが違う。
「……本当に」
と夜久は言った。
「ん」
とゼータが言った。
隣に蒼依がいた。蒼依はその場でゆっくり一回転して、木々を見上げて、もう一度夜久を見た。
「本当に別の世界だこれ」
「ん」
とゼータがまた言った。
ゼータは三人の中で一番落ち着いていた。落ち着いているというより、動揺するという選択肢がない、という感じだった。
素足で土を踏んで、周囲をひととおり見回して、それだけだった。
「ゼータ」
と夜久が言った。
「ここがどこか分かるか」
「森」
「それは分かる」
「……森、の中」
「もっと細かく」
ゼータは少し間を置いた。
「分からない」




