第十三話「侍と聖騎士」⑤
夜久は、手の震えに気づいた。
影桜を握ったまま、その手が震えていた。意識が戻ってきた感覚は、深い水の底から浮かび上がるような感覚に似ていた。体が、自分のものに戻ってきた。腕も、足も、体の芯も重かった。さっきまで自分が何をしていたか、霧がかった記憶のように映像だけが残っていた。
影桜の刀身に視線を落とした。
峰を返した。間に合った。ギリギリで、間に合った。
地面に膝をついた少女を見た。金色の髪が乱れ、白銀の鎧が炎の明かりの中で揺れていた。意識はある。手をついて、顔を上げようとしていた。
夜久は影桜を鞘に収めた。
手が、まだ震えていた。
倒れた男たちが広場に散らばっていた。血だまりが石畳に広がっていた。
斬った。斬って、斬って、斬り続けた。人を斬った。殺した。
賊とはいえ、自分の手で、命を奪った。その事実が、今になって胃の底に重く落ちてきた。重力のように、ゆっくりと。
蒼依はいない。
守れなかった。蒼依を追う一手を踏み出せないまま、引き金を引いたのは自分で、リーフェル村を燃やしたのも自分の行動が招いたことで、それでも最後に、蒼依を守ることができなかった。
少女が顔を上げた。
コバルトブルーの瞳が、夜久を見た。恐怖と、衝撃と、それ以上の何かが混ざった目だった。
先ほどまで命のやり取りをしていた相手が、今は剣を収めてただ立っていた。なぜ斬らなかったのか。この男に何が起きたのか。その答えを求めるような目で、夜久を見ていた。
夜久も、少女を見た。
何者か、分からなかった。白銀の鎧。黒い外套。腰の剣。この村に何の関係があるのか、なぜ自分を斬りに来たのか、何も分からなかった。
二人は動けなかった。
炎が揺れ、煙が流れ、星がひとつ、空に出た。夕暮れが完全に終わり、夜が始まろうとしていた。その境目で、夜久と少女は向かい合ったまま、それぞれの重さを胸に抱えて、静かに止まっていた。




