第十二話「侘桜」⑥
ローブの男が立ち去るのと同時に、頭目らしき大柄の男が下っ端の一人に向き直り、蒼依を指した。
「馬車に押し込め。先に行け」
蒼依が目を見開いた。夜久を見た。首を横に振ろうとして、後ろ手を縛られているために体ごと揺れた。布越しに、喉の奥から声が漏れた。
「夜久——」
口の布が緩んでいたのか、かすかに形になった。でも男にすぐに引っ張られて、そのまま門の外へ連れていかれた。夜久に向けた目が、最後まで離れなかった。
夜久は動かなかった。
影桜の柄に手を添えたまま、ただ立っていた。蒼依が連れ去られた方向を、一瞬だけ見た。それから、前を向いた。
頭目の男が、こちらを向いた。
「行くぞ」
残る八人が、一斉に動いた。
夜久は影桜を抜いた。
鞘走りの音が、燃える村に低く響いた。漆黒の刀身が現れた。光を吸い込む黒。火の粉が舞う夕暮れの中で、その刃だけが別の場所から来たもののように見えた。
影桜が、熱を持った。
先ほどとは違う。もっと深く、静かな熱だった。刀を中心に、何かが流れ込んでくる。それが全身へ広がった瞬間、夜久の体から夜久は消えていた。
最初の男が間合いに入った。
剣を大きく振りかぶった、その軌道が完成する前に、影桜が男の首を横に薙いでいた。切っ先が首筋を割り、男が声もなく崩れた。
次の男が気づく間もなかった。
左から槍が突き込まれた。影桜はその穂先を下から払い、そのまま石畳を踏んで踏み込んだ。一閃。肩口から脇腹にかけて斜めに走った傷から、血が噴いた。男が倒れた。
三人目が背後から来た。
夜久は振り返らなかった。半歩だけ横に動き、男の刃をかわしながら、反転と同時に影桜を水平に走らせた。腹を浅く裂かれた男が呻いてその場に蹲った。
四人目と五人目が左右から同時に踏み込んできた。
影桜が止まらなかった。
右を斬り、左を斬った。動作の間に隙間がなかった。
一の動きが次の動きを生み、次の動きがその次を生んだ。止まらない水のように、あるいは風のように、刃が男たちを薙いでいった。六人目が腿を斬られて叫んだ。七人目が肩を打たれて崩れた。
頭目の男が最後だった。
他の七人が倒れるのを見ていた。それでも退かなかった。斧を両手に持ち、低く構えて踏み込んでくる。大柄な体から繰り出される重い一撃だった。
影桜が、それより先に動いた。
斧が届く前に、刃が男の胴を薙いだ。深く、速く。
男が斧ごと横に吹き飛んで、石畳に激突した。動かなかった。
静かになった。
広場に、八人が倒れていた。
血だまりが石畳に広がっていた。夜久は影桜を鞘に収め、広場の中央に立ったまま、俯いた。炎が揺れていた。煙が流れていた。
蒼依はいなかった。
馬車の音は、もう聞こえない。
村は燃えていた。村人はいなかった。炎の音だけが、その静寂を満たし続けた。
そのとき、蹄の音が聞こえた。
門の方向から来た。一頭の馬だった。
夕暮れの残光の中に黒い馬影が飛び込んできて、広場の前で止まった。
それは、黒い外套をまとった、白銀の鎧の騎士だった。




