第十二話「侘桜」⑤
「いつまで遊んでいるんだ」
ローブの男の声だった。感情がない。怒っているわけでも、感心しているわけでもない。作業の進捗を確認するような声だった。
「村と一緒だ」
と男は続けた。
「どんなに玩具遊びが上手かろうが、これでおしまいだ」
男が片手を上げた。
空中に、火が生まれた。
夜久は目を細めた。
炎が、空中に浮いていた。
地面でも、松明でも、何かの燃えさしでもない。空中に、直接、球状の炎が発生した。一つではなかった。次々と、男の周囲に浮かび上がった。五つ、六つ、七つ。橙と赤が混ざった炎が、夕暮れの空気の中に並んで揺れていた。
夜久はそれを見て、初めて理解した。
これが、魔法か。
考える時間はなかった。
火球が、一斉に動いた。
地面を這う軌道ではない。空中を曲がりながら、夜久の全方位へ向けて殺到してきた。真正面から、斜めから、頭上から。七つが、ほぼ同時に迫ってくる。
瞬時に分かった。
避けきれない。
村を蹂躙された。村人を助けられなかった。蒼依を救えないまま、ここで終わる。怒りと悔しさが全身を塗り潰していく。
その瞬間——影桜が胎動した。
目が覚めるような感覚だった。
腰の鞘の中でかすかに熱を持った。熱ではないかもしれない。圧力に近い何かだった。
押し出されるような、引き出されるような——夜久の意志とは別の何かが、夜久の体を通って動こうとしていた。
火球が着弾する、その刹那。
夜久の口が、動いた。
「——伍ノ型・侘桜」
ほとんど動かなかった。
その場にいた誰もが、夜久の死を確信した。蒼依の目が大きく見開かれ、声にならない叫びが口の布を押し上げた。涙が頬を伝った。
七つの火球が、夜久に届く寸前だった。
それが、全部、斬られていた。
軌道が違う。高さが違う。角度が違う。それらが全て、刹那のうちに止んでいた。影桜の刀身に何かが散って消えた。煙が上がって、消えた。石畳に焦げ跡だけが残った。
夜久は、鞘の位置に刀を収めた姿勢で立っていた。
沈黙があった。炎が揺れた。煙が上がった。それ以外に、何も動かなかった。
ローブの男は、一つ瞬きをした。
「なるほど」
と言った。初めて、声に色が混じった。興味の色だった。
「これは面白い」
男はローブを翻して、背を向けた。残りの男たちへ、振り返らずに言い捨てた。
「適当に遊んでやれ」
それだけ言って、男は歩き去った。炎を出したことも、それが全て斬られたことも、もう興味がないとでも言うように。




