第十一話「聖女ジャンヌ」⑤
煙の匂いが、先に届いた。
木が焦げ、草が焼ける匂いだった。馬が首を振って嫌がるのを、ジャンヌは強引に進ませた。
村の外柵が見えてきた。
門は、あった。いや、あった跡が、あった。
扉の片方が外れて地面に倒れ、柱が横たわっていた。火の粉が夕暮れの空気の中で橙色に舞い散った。
ジャンヌは馬を下りた。
剣の柄に手を置いたまま、一歩ずつ、村の中へ入った。
石畳に物が散乱していた。布、割れた陶器、誰かの荷物。何者かに蹂躙された跡だ。建物が燃えていた。一棟ではなかった。あちこちが黒く焦げ、炎がまだ舌を伸ばし続けていた。
宿酒場「ラズベリ」も例外ではなかった。炎が丸太の壁をなめ、看板が赤く照らされて傾いていた。
血があった。
石畳の上に。壁際に。
ジャンヌは足元を確認しながら歩いた。倒れている者がいた。だが誰が誰なのか、装備を確認する余裕がない。リナの名を呼ぼうとして、声が出なかった。喉が張り付いていた。
村の中心へ向かった。
そのとき、見えた。
広場の中央に、人が立っていた。
一人だけ。
黒い服を着た男だった。見慣れない形の装束だ。袖と裾が詰められ、帯で締められた黒一色の衣で、腰に鞘ごと黒い刀を帯びている。
その周囲に、複数の男が倒れていた。いずれも動かず横たわり、立っているのはその一人だけだった。
倒れている者たちが誰なのか、判断する余裕がなかった。
夕暮れの薄暗がりの中で、血だまりが見えた。
村人か、賊か——頭が情報を処理しきれなかった。黒い剣士だけが、その惨状の中心に立っていた。
男は動かなかった。
俯き加減に、刀の柄に静かに手を添えたままじっとしている。夕暮れの残光が黒い輪郭を斜めに照らし、足元に血だまりが広がっていた。
声が、聞こえた。
今日の出発前に告げられた言葉と、同じ響きだった。村を守れ。入り込んだ異分子を排除せよ。
あの男だ、とジャンヌは確信した。
理由があったわけではない。冷静に状況を読み解いたわけでもなかった。
リナの名を呼べないほど焦りで頭が満たされている中で、声だけが明確に響いた——異分子。そしてこの惨状の中心に、見たこともない黒づくめの剣士が立っていた。それだけで、十分だった。
ジャンヌは剣の柄を握り、黒い剣士へと歩を進めた。




