表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
56/83

第十一話「聖女ジャンヌ」⑤

 煙の匂いが、先に届いた。


 木が焦げ、草が焼ける匂いだった。馬が首を振って嫌がるのを、ジャンヌは強引に進ませた。


 村の外柵が見えてきた。


 門は、あった。いや、あった跡が、あった。

 扉の片方が外れて地面に倒れ、柱が横たわっていた。火の粉が夕暮れの空気の中で橙色に舞い散った。


 ジャンヌは馬を下りた。


 剣の柄に手を置いたまま、一歩ずつ、村の中へ入った。


 石畳に物が散乱していた。布、割れた陶器、誰かの荷物。何者かに蹂躙された跡だ。建物が燃えていた。一棟ではなかった。あちこちが黒く焦げ、炎がまだ舌を伸ばし続けていた。

 宿酒場「ラズベリ」も例外ではなかった。炎が丸太の壁をなめ、看板が赤く照らされて傾いていた。


 血があった。


 石畳の上に。壁際に。

 ジャンヌは足元を確認しながら歩いた。倒れている者がいた。だが誰が誰なのか、装備を確認する余裕がない。リナの名を呼ぼうとして、声が出なかった。喉が張り付いていた。


 村の中心へ向かった。


 そのとき、見えた。


 広場の中央に、人が立っていた。


 一人だけ。


 黒い服を着た男だった。見慣れない形の装束だ。袖と裾が詰められ、帯で締められた黒一色の衣で、腰に鞘ごと黒い刀を帯びている。

 その周囲に、複数の男が倒れていた。いずれも動かず横たわり、立っているのはその一人だけだった。


 倒れている者たちが誰なのか、判断する余裕がなかった。

 夕暮れの薄暗がりの中で、血だまりが見えた。

 村人か、賊か——頭が情報を処理しきれなかった。黒い剣士だけが、その惨状の中心に立っていた。


 男は動かなかった。


 俯き加減に、刀の柄に静かに手を添えたままじっとしている。夕暮れの残光が黒い輪郭を斜めに照らし、足元に血だまりが広がっていた。


 声が、聞こえた。


 今日の出発前に告げられた言葉と、同じ響きだった。村を守れ。入り込んだ異分子を排除せよ。


 あの男だ、とジャンヌは確信した。


 理由があったわけではない。冷静に状況を読み解いたわけでもなかった。

 リナの名を呼べないほど焦りで頭が満たされている中で、声だけが明確に響いた——異分子。そしてこの惨状の中心に、見たこともない黒づくめの剣士が立っていた。それだけで、十分だった。


 ジャンヌは剣の柄を握り、黒い剣士へと歩を進めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ