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第十一話「聖女ジャンヌ」

 夕暮れが、空を焼いていた。


 橙の光が地平線に積み重なり、空の高いところはすでに灰がかった青へと変わっていた。

 街道の両脇に草原が広がり、草の穂先が夕風を受けてゆるく揺れる。馬の蹄が乾いた土を打つ音だけが、その静けさの中に一定のリズムで刻まれ続けていた。


 王国軍神聖騎士団の聖女ジャンヌは手綱を短く握り、速度を落とさなかった。


 白銀の板金鎧の上から黒い外套を羽織り、胸元には神聖騎士団の紋章が覗いている。腰に帯びた聖剣は、戦場で幾度も振るってきた使い込まれた刃だ。

 ブロンドの髪は戦場へ出るときの習慣できつく束ね、ほどけた一房だけが頬のそばで風に揺れていた。コバルトブルーの瞳は街道の先だけを捉え、跨る漆黒の軍馬が夕暮れの街道を駆けていた。


 報せが届いたのは、数日前のことだ。


 陣の外れで伝令を受けていたとき、別の報せが届いた。リーフェル村方面を担当する伝令兵が、村からの情報を伝えてきた。街へ薬草を売りに出た女が、十日以上経っても戻らない。三十路の、大きな目をした、薬草売りの女が。


 名前を聞くまでもなかった。


 その日のうちに副将に指揮を渡し、馬を出た。部下たちは誰も止めなかった。

 聖女が戦線を離れると聞いても、ジャンヌの顔を見れば言葉をかけることすら憚られると、彼らはこの一年で学んでいた。

 出発の前に一度だけ静かに目を閉じ、声に耳を傾けた。


 声は、あった。


 使命に関わることでなければ、声はあまり語らない。このことは知っていた。

 母のことは、自分の足で行けということだ、とジャンヌは受け取った。疑いはなかった。声がそうであれば、そういうことだ。


 走りながら、リナのことを考えた。

 母さんが帰らないまま、あの子は今どうしているだろう。村の大人たちが傍にいてくれているだろうか。一人で夜を過ごしていないだろうか。あの子は強情な子だが、まだ七つだ。いくら気丈でも、十日以上母さんを待ち続けるのは——


 ジャンヌは馬の脇腹を蹴った。蹄の音が、一段速くなった。

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