第一話「世界の縫い目」④
路地を曲がったあたりで、どこかの家の窓からテレビの音が流れてきた。
――ゼネル製薬、新製品「ルミノス」。あなたの毎日に、確かな光を。――
声は少女の横を通り過ぎて、朝の空気に溶けて消えた。
星川蒼依は走っていた。門扉を開けて入ってきた。鍵など掛かっていなかった。鞄を揺らして、砂利を蹴って、道場の引き戸に手をかけたところで足を止めた。
「夜久ー! 起きてるー!?」
青髪のショートカットが弾んでいた。
朝の光を受けて、鮮やかな青がきらりと光る。
高校の制服に黒スパッツ、右手の拳には朝の自主練の名残か、巻きテープの白が覗いていた。頬が上気して、切れ長の目が生き生きとしている。
道場の中を見て、ゼータを見て、目が止まった。
「……だれ」
「ゼータだそうだ」
と夜久が言った。
「知り合い?」
「さっき塀を越えてきた」
「塀を」
蒼依がゼータをまじまじと見た。素足、ワンピース一枚、腰まである青白い髪。ゼータは蒼依を一瞥して、また視線を宙に戻した。
「寒くない? 素足で」
「寒い、とは思っている」
「じゃあ靴履けば」
「持っていない」
蒼依は一瞬考えて「そっか」と言った。それ以上追及しなかった。
蒼依が夜久を向いた。
「で、何の人?」
「別の世界に連れて行くと言っている」
「別の世界」
「ん」
蒼依はゼータを見た。ゼータは蒼依を見た。
「本当に?」
「ん」
「なんで夜久を?」
ゼータは少し間を置いた。
「知らないおじさんが、そう言っていた」
沈黙があった。
「……知らないおじさん」
と蒼依が繰り返した。
「ん」
蒼依が夜久を見た。夜久は軽く頷いた。
「俺も同じところで止まっている」




