第十話「引き金」②
ディルクが荷車から降りてきた。
三人のそばに並んで立って、腕を組んだ。
「聞こえていた」
とディルクは言った。声は静かだった。
「急報が届いたということは、村はまだ持っている。報せを出せる状況にはあったということだ」
「確証はない」
と夜久は言った。
「確かにない」
ディルクは認めた。
「だが、村が落ちていたなら、報せそのものが来ない。報せを出せたということは、少なくともその時点では完全に封じられていたわけじゃない。隙があった」
夜久は黙って聞いた。
ディルクの見立ては楽観でも悲観でもなかった。情報を整理している目をしていた。この街道を十五年走ってきた人間の、地に足のついた読みだった。
「砦の件への報復だと思いますか」
と夜久は聞いた。
ディルクは少し間を置いた。
「翌日だ」
と言った。
「あそこの賊が全滅したわけじゃない。逃げた者、連絡を受けた者、どこかから指示を出した者がいる。タイミングが綺麗すぎる」
夜久は答えなかった。
タイミングが綺麗すぎる。
その言葉を、胸の中で一度繰り返した。砦に踏み込んだのは昨日の夕方だ。捕虜を連れて村に戻ったのが夜だった。
そして今、リーフェル村が賊の襲撃を受けている。一夜の間に、指示が降りて、人間が動いた。
それだけの組織が、その上部には存在している。
読みが甘かった、と夜久は思った。
賊はこれまで、リーフェル村には手を出していなかった。
街道で人を攫い、荷には触れず、それでいて村そのものは避けていた。
目立つことを避けている。
そう判断していた。
組織的に動いている連中が村を正面から襲えば、衛兵や騎士団を引き寄せる。裏で糸を引く者にとって、それは得策ではないはずだ。
だから砦に踏み込んでも、村まで飛び火することはないだろうと。その読みは、甘かった。
そして、その引き金を引いたのは自分だ。
それは分かっていた。砦に踏み込むことを決めたあの夕方、そういう結果を招く可能性があることは、どこかで計算の端に入れていた。
完全に無視していたわけではない。それでも今こうして現実の輪郭が像を結ぶと、胃の底で何かが静かに沈む感覚があった。
計算に入れていたことと、実際にそれが起きることの間には、距離がある。
「俺があの時動かなければ」
と夜久は言った。独り言のように、小さく。
「やめろ」
とディルクが言った。短く、しかしはっきりと。
「それを言い出す場面じゃない。お前が動かなければ、あの七人はどうなっていた。自分を責める時間があるなら、次に何をするかを考えろ」
夜久は顔を上げた。
ディルクの顔を見た。感情的なところが何もなかった。ただ、事実を言っている顔だった。それが、かえって真っすぐに届いた。
「……そうですね」
と夜久は言った。
蒼依が横で、静かに立っていた。何も言わなかった。ただ夜久の顔を見ていた。
その目が、ディルクと同じことを言っていた。言葉にしない分、余計に届いた。




