第一話「世界の縫い目」②
白に近い青の髪が、ゆっくりと塀の上に現れた。
両手が塀の縁にかかって、腕がぷるぷると震えていた。
「……んしょ」
声が聞こえた。感情のない声で「んしょ」と言いながら、少女は塀をよじ登ろうとしていた。淡々と、しかし明らかに苦労しながら。
夜久はしばらく見ていた。
少女の顔が塀の上に出た。薄い灰色の目が夜久を見つけた。
止まった。
二人は数秒、見つめ合った。
「……不法侵入だぞ」
と夜久は言った。
少女は少し間を置いた。
「……んしょ」
構わず登り続けた。
腕の力が足りないのか、腰から上が塀に乗ったところで動きが止まった。白いワンピースが石塀に引っかかって、少女はそのまましばらく塀の上に腹這いになっていた。腰まで届く青白い髪が、ぱさりと垂れ下がった。
夜久は少し近づいた。
「何をしている」
「入ろうとしている」
「なぜ門から入らない」
「鍵がかかっていた」
「ならインターホンを押せ」
少女はわずかに間を置いた。
「……なかった」
「ある」
「……見つけられなかった」
夜久は一度だけ目を閉じた。それから少女の脇に手を入れて、塀の内側に降ろした。
少女は特に礼も言わず、着地して、服を払った。素足だった。靴がなかった。
白いキャミソールチュニックのワンピース一枚で、四月の朝の空気の中に立っていた。
腰まで届く長い髪が、朝風にゆっくりと揺れた。肌は透けそうなほど白く、目の色は薄い灰色で、虹彩の縁だけが微かに青みがかっていた。
顔立ちは整っている。でも表情がなかった。
泣いているわけでも笑っているわけでもなく、感情という概念そのものに興味がないような、そういう目をしていた。
「誰だ」
と夜久は言った。
「ゼータ」
「名字は」
「ない」
「何の用だ」
ゼータは夜久をまっすぐ見た。
「夜久を、連れて行けと言われた」
夜久は少し間を置いた。
「……どこに」
ゼータは答えなかった。答えないというより、どう言えばいいか測っているような、わずかな間があった。
「……まあ」
と夜久は言った。
「その恰好じゃ寒いだろう。とりあえず上がれ」




