第五話「笑い声の向こう」⑤
砦の外周を、もう一度回った。
正面は避ける。見張りが二人いる。望楼からも見える。
裏手に回ると、柵の一部が古くなって、隙間が広がっている場所があった。人一人、身を屈めれば通れる。見張りの死角になっている。
夜久はその場にしゃがんで、砦の中の気配を測った。
物音。足音。声の方向。どこに人がいて、どこが空いているか。
日本の武術には古くから「観の目」という概念がある。
目で見るのではなく、全体を感じ取る目のことだ。
一点に視線を定めず、視野を広く柔らかく保ち、相手の動きの兆しを——起こりの前を——捉える。筋肉の緊張、重心の揺れ、呼吸のリズム。
見るのではなく、観る。それは技術ではなく、在り方に近い。
月村家に代々伝わる剣術流派、辰桜御影流。
その三大理のうちのひとつが観桜だ。
観の目をその極致まで研ぎ澄ませた理——相手の動きだけでなく、場の気配、空気の流れ、音の重なり、沈黙の質まで。
斬る前に、すでに勝敗は観えている。未だ形なき未来の気配すら捉える。
それが観桜の境地だった。
夜久は幼いころから、祖父にその基礎を叩き込まれた。意味も理由も教えられないまま繰り返した型の中に、今になって息づいているものがある。
砦の壁越しに漏れる足音の間隔から人数を推し量り、火の爆ぜる音の方向から人の密集を読み、風の流れから死角を割り出す。
それができるようになるまでに、どれだけの朝を費やしたか。体得したのは長きにわたる研鑽の末。だが、その土台は確かに受け継いだものだった。
砦の中の気配が、少しずつ像を結んでいった。
夜久は影桜の柄に手をかけた。
抜くかどうかは、まだ分からない。抜かずに済むなら、それに越したことはない。でも抜かなければならないときが来たなら、迷わない。
それだけを決めて、夜久は柵の隙間へ身を滑り込ませた。
砦の中の空気が、肌に触れた。




