第四話「泣かない子」⑤
蒼依が、夜久の袖を引いた。
少し離れた場所に引っ張っていって、小声で言った。
「ねえ」
「分かってる」
「ディルクさんの護衛は明日の朝だよね」
「ああ」
「今日の午後、まだ時間ある」
「ある」
蒼依は少し間を置いた。夜久の顔を見た。
「あの子、自分で涙拭いて、頭下げたんだよ」
夜久は答えなかった。
「七歳か八歳かな。それくらいの子が一人で、知らない旅人に頭下げてるんだよ」
「……蒼依」
「お金とか報酬とかじゃなくて」蒼依は言った。「探してあげられないかな。もしまだ、この辺に——」
夜久の手が、蒼依の肩にそっと乗った。
蒼依が口を閉じた。
「蒼依、大丈夫だから」
と夜久は言った。
蒼依は一瞬、夜久の顔を見た。それから小さく頷いて、視線を前に戻した。目が、少し赤かった。
夜久はリナに向き直った。
「一つ聞く」
と夜久は言った。
「君のお母さんが街へ向かったのは、どの道だ」
リナの目が、大きく開いた。
話を聞き終えてから、夜久は蒼依とゼータを呼んだ。
「俺一人で行く」
蒼依の顔が変わった。
「は、なんで」
「護衛の依頼は明日の朝だ。ディルクさんとの約束を反故にするわけにはいかない」
夜久は言った。
「お前たちはここで待っていてくれ。万が一、賊がこの村まで来たときに対処できる人間がいた方がいい」
蒼依は口を開きかけて、閉じた。
反論の糸口を探すような間があった。
でも夜久の言葉には、筋が通っていた。少なくとも、表向きは。
「……分かった」
蒼依はしぶしぶ言った。
「でも無茶はしないで」
「する気はない」
「する気があってするやつはいないって言ったよね」
夜久は答えなかった。
蒼依は夜久の背中を見ながら、ゆっくりと息をついた。
村の守りのため、というのは本当のことだ。でもそれだけじゃない。蒼依にはそれが分かった。
護衛とは違い、直接敵地に踏み込むかもしれない危険な捜索に、自分とゼータを連れて行きたくない。夜久がそう思っていることくらい、なんとなく分かる。
言葉にはしなかった。言えば夜久は否定するだろうから。
ゼータは二人のやり取りをぼんやりと見ていた。
「夜久」
とゼータが言った。
「なんだ」
「気をつけて」
短かった。それだけだった。
でも夜久は少し足を止めて、ゼータを見た。
「ああ」
と言った。
リナが夜久を見上げた。小さな手が、ぎゅっと握られていた。
「どうか、お願いします」
とリナは言った。
「ああ」
そう短く返事をすると、夜久は一人、村の出口に向かって歩き始めた。
石畳の音が、少しずつ遠くなった。




