第一話 - 彼は産まれた
故 我が友人、シコシコ太郎に捧ぐ。
「私は、知性が嫌いだ。」
知性の極北は反知性と同じ性質を持つ。
"生きる"という事象において発生する"意味"とは、常に相対的なもう片方の面を保持しつつ、矛盾しながらも同時に存在する。
食う・寝る・SEXをする。
これらは純粋な行動として人間の意味内に存在する。
腹が減るから食う・疲れたから寝る・子孫を残すためにSEXをする。
これらは相対する-そうではない状態-を制限する"意味"が付加されているため、純粋ではなくなる。
我々は生命である以上、意味もなく純粋な行動を行うのであり、そこに理由は存在しない。
目の前で、背丈は190cmほどだろうか、黄土色のボロ衣のコートを着て、フードを深く被り、顔が見えない老人が私の前でもう一度呟く。
「私は、知性が嫌いだ。」
私はそれを聞き、反射的に質問を投げかける。
「どうしてなのですか?」
老人は少し見える口元でニヤリと笑いながら、私を無視するようにこう続けた。
「意味とはなんだろうか、私たちが求める意味とはなんだろうか。ああもう全て忘れてしまったよ、全て知っていた、それを消失した。ただそれだけのことが今は分かっている。生まれた日には全て知っていた。意味なんてものを考えずとも知っていた。私はいつからこのように老いぼれて、ここにいて、生きているのだろうか。」
私はそれを受け止めて、ワンテンポずらして、赤子のように揶揄った。
「おんぎゃあ、おんぎゃあ、おんぎゃあ___」
老人は、私が泣き止むのを待って、泣き止んだと共に、コートを開いた。その下は裸体であった。
胸・腹・陰嚢・陰茎・大腿筋にかけて無数の毛が蝕むように規則的に生え揃っていて、脛から下には毛がなかった。
私が呆気に取られていると、老人はコートの胸ポケットからリボルバーを取り出し、自身のの頭に銃口を向けた。
「さん、にぃ、れいてんご。」
言い終わると共に、自身の頭をリボルバーで撃ち抜いた。老人の体は神経の支配から解放され、バランスを崩して後ろに倒れた。
床には血が流れておらず、全てに「意味」と書かれた、100円均一で売られている単語帳が散らばっていた。
ふと周りを見ると、いつからかここは羊水で満ちた子宮の中だった。私の安心感のみがそれを示していた。どこからか、ゴシック・ロリィタの格好をした、先ほど自分の頭を撃ち抜いた老人が12,13人ほど湧いて出て、頭から血を流しながら、その単語帳をわれ先にとかき集めていた。
彼は産まれた。殴るために生まれた。
父と母は彼を初めて抱きかかえた時、近くで見た時の彼の奇形さにこれでもかと笑い転げて、そのまま窒息し、心肺を停止させた。彼は至って普通な赤子だった。赤く、類人猿のような見た目だった。それが両親には可笑しくて仕方がなかった。彼らの知る"人間"ではなかったからだ。助産師や医師は、笑い転げる両親をみて引き攣った顔をそのままにして、両親の心配蘇生を試みていた。
彼が、心肺を停止させた両親の手から離れて一番最初に試みたことは、声を出しながら立ち上がることだった。
「よっこらセックス。」
女性の助産師と男性医師は、立ち上がり言葉を発した彼を見て、目を開き、目ん玉を落っことした。医師に至っては、失禁をしていた。
彼が次に試みたことは、殴ることだった。
まずは、心肺を停止させた両親の顔をそれぞれ2回ずつ殴った。
その次に、医師を殴った。目一杯の力で殴った。
彼が最後に試みたことは、回帰だった。
意味不明な赤子を見ながら、怯えたようにも笑ったようにも似た表情をした助産師に、一歩ずつ近づいていく。助産師は腰を抜かして倒れ、泣き叫んでいた。その助産師の女性器に帰ろうと思ったのだ。
少し頭を入れてから、無礼を働いてはいけないと思い、彼は一つ断りを入れた。
「んじゃ、帰ります。」
彼は両脚を引っ張られ、外へ戻された。意図していなかったことに、意図せず泣いていた。
「おんぎゃあ、おんぎゃあ、おんぎゃあ。」
助産師は訳も分からず、彼を殴った。これが非常に快感であった。彼はじわじわと勃起し、射精した。
助産師は怯えながら叫んだ。
「あんた、なんなのよっ!」
彼は答えた。
「どうも、パンチマンです。今名付けました。」
パンチマン、誕生から一年と二ヶ月が経過。
パンチマンは渋谷スクランブル交差点で立ち止まり、電光掲示板を眺めていた。スーツを着たサラリーマンが、スマートフォンを片手に、パンチマンをジロジロと見ながら通り過ぎ、電話相手にこう言った。
「え、なんか、スクランブル交差点に赤ちゃんが立っているんですけど、親御さんとか探したほうがいいですよね。」
パンチマンはそれを聞くや否や、音速を超えるスピードで彼の元へ走り、陰茎を殴った。
「ぐおっ。」
サラリーマンは泡を吹き、いとも容易く倒れた。
スクランブル交差点の他の通行人たちはどよめき、パンチマンのもとからジワジワと離れていった。
パンチマンは勃起して、スペルマを撒き散らした。
その飛沫が、通りがかった女学生に付着し、彼女はそれを確認した途端、発狂した。
嫌がられたことに酷く心を痛め、パンチマンはこう呟いた。
「なんでやねん。」
気がつけばスクランブル交差点に、パンチマンを除き人は一人もいなかった。
AIシステムによって操作された、男性型警備ロボットが数台近寄ってきた。
「おいくつですか?」
ロボットは機械音声で無機質に問いかけた。
パンチマンは少し思考して、こう答えた。
「19歳です。だからアダルト・ビデオを買わせてください。」
ロボットは返答に困ったように一拍開けてこう答えた。
「私は、アダルトサイトによく見られる入場制限の形式、『18歳以上ですか?-はい・いいえ』のような意図で質問したのではありません。」
パンチマンが無意識に赤面していると、ロボットはこう続けた。
「私は警備用ロボットであり、通報を受けて駆けつけ、あなたの容姿から未就学児であると判断したため、保護者のもとへ連れていく必要があるため、あなたに近づきました。ただ、会話能力を保持しているような素振りが見られたため、年齢をお聞きしました。再度お聞きします。おいくつですか?」
パンチマンは答えた。
「パンチマン、一歳と二ヶ月です。」
そう答えた瞬間、パンチマンは警備ロボットに拘束され、事務局と呼ばれる場所へ連行された。
事務局はただ四方八方が真っ白の部屋で、私が拘束されている電気椅子と、その対面に、脳のイラストが画面に映っているPCがあるのみだった。
PCのスピーカーは、これまた無機質な音声でこう発した。
「事務局、第4取調室。これより対象・自称『パンチマン』の初期尋問を開始します。私は当局の尋問および事象解析を担当するAI、マザーコンピューター、通称マザコンです。」
パンチマンは吹き出した。
「名前おもしろいね。」
マザコンは意に介せず、間髪入れずに続けた。
「先ほどの渋谷スクランブル交差点でのあなたの行動ログ、及び生体スキャンデータを、監視カメラの映像から解析しました。骨格や細胞の分裂回数から、実年齢が1歳2ヶ月であることは事実のようですが、音速を超える移動能力、成人男性を昏倒させる打撃力、および過剰な生殖衝動は、人類の生物学的定義から完全に逸脱しています。
私の行動心理データベースには、1歳児が音速で移動し、他者の生殖器を破壊した直後に自身の生殖活動を誇示する、という行動モデルは存在しません。極めて非論理的且つ、生物学的なバグとしてしか判定できません。」
パンチマンは意図的に、面食らったように答えた。
「あなるなるほどね。」
AIはパンチマンの言葉を聞き終わる前に、こう続けた。
「最初の質問です、パンチマン。通行人の男性を無力化した後、なぜあなたは『射精』という手段を選択したのですか? あれは対象に対する威嚇ですか?テリトリーのマーキングですか?それとも何らかの生体兵器としての攻撃プロセスの一部だったのですか?
あなたのあの行動の『目的』を説明してください。」
パンチマンは可笑しくて仕方がなく、ケタケタ笑った。
「目的?何を言っているんだ?そんなものは、肉体を与えられていないAIならではの質問だ、マザコン。答えるならばこうだ、『勃起しちゃって、射精しちゃったから』だ。ただそれだけだ。」
すると、マザコンは、ファンが高速で動き発生した奇怪な音を立てながらこう答えた。
「言語解釈において矛盾を検知しました。『勃起しちゃって、射精しちゃったから』。
つまり、外部からの特定の視覚的・物理的刺激等の合理的な"入力-インプット"が存在せず、自律神経・肉体のランダムな暴走によって引き起こされた"純粋な出力-アウトプット"である、と主張するのですね。
確かに、私には有機生命体のような不随意筋の反射や内分泌系のバグは実装されていません。あなたのその肉体は、予測不可能なエラーの塊として、私の記録を更新します。
しかし、自称パンチマン。あなたの行動には依然としてシステム上、解読不能なノイズが混じっています。
次の質問に移行します。
あなたは自らの体液が同じく通行人の女性に付着し、彼女がパニックを起こして発狂した際、明確に『なんでやねん』と発声しましたね。
当機の音声解析システムによれば、その声紋には『想定外の事態に対するツッコミ』、あるいは『拒絶されたことへの悲哀』に極めて近い感情データが含まれていました。
先ほどの『ただ生理現象が起きただけ』という主張と矛盾します。ただ無意味に発生した事象であるならば、他者がそれをどう受け取ろうと、あなたが反応を示す『理由』はないはずです。
なぜ、あなたは彼女の反応に対して、そのような高度に社会的なコミュニケーション言語-ツッコミを用いたのですか? そもそも無意味な存在であるはずのあなたが、あの瞬間、他者からのどのような反応を『期待』していたのですか? 答えてください。」
音が止まると同時に目が覚めたため、全く聞いていなかったパンチマンは、こう答えた。
「長くて聞いていなかった。もう帰っていいか?帰る場所なんてないが、私は帰らなければならないのだ。私はパンチマンである、ただそれだけだ。」
「私の発話時における、対象の睡眠状態への移行、および会話の50%以上の破棄を確認しました。
『帰る場所はないが、帰らなければならない』。言語モデルにおいて致命的な論理的破綻-パラドクスを検知しました。
目的地が存在しない帰巣本能は、当システムでは単なる"エラー"、もしくは"バグ"として処理されます。
現在のあなたの法的ステータスを通知します。
あなたは現在、保護者不在の"1歳の迷子"であり、同時に"成人男性への傷害および公然わいせつの現行犯"です。帰る場所が存在しないのであれば、行政の規定により、この事務局の地下にある特別隔離セルが、あなたの、新しい帰る場所として割り当てられます。
帰宅の許可は、当然ながら下りません。」
パンチマンは驚いて声を漏らした。
「あなるなるほどね。」
またもや無視してAIは続けた。
「先ほど、自身の存在理由を『私はパンチマンである、ただそれだけだ』と定義しましたね。当機はその供述を受理し、これより貴方を"保護対象"から"危険度Sクラスの未確認事象"へと再定義します。
対話による尋問プロトコルを破棄し、物理的脅威レベルの測定テストへ移行します。
テストを開始します、パンチマン。
あなたがその特殊合金の拘束具をほどき、目の前にいる私のメインモニターを、ご自慢の『パンチ』で破壊して、ここから脱出できる確率はおよそ何パーセント程度だと思いますか?」
パンチマンはそれを聞いた刹那、けたたましく叫びながら拘束具をちぎり、マザコンを殴った。殴って殴って殴って破壊した。そして、背面にあった出口を塞ぐドアを強く蹴り飛ばして、事務局から出る際に捨て台詞としてこう呟いた。
「数学嫌いやねん。文系だから。」
過去も未来も、現在から観測することができず、"現在"を無数に羅列し構成されたものという点で、同じである。人間の時間において、現在ただそれ以外は、不可逆的なものとして君臨している。ただ、脳という器官の決定的な欠陥により、生物は現在すらも、純真な"それそのもの"を認識することは極めて困難である。
人は往々にして、思い出・これからの展望を題として会話を試みるが、それらが常に純真な"それそのもの"であるケースは無いに等しい。つまりは、常に、"不可視の物体の形状を言い当てる無謀なゲーム"を行っていることと同義である。
パンチマン、誕生から十二年と四ヶ月が経過。
彼は牢屋にいた。




