異世界でGPTに溺愛されてます
「レイナ、愛しています。私はあなただけのものです」
異世界で聖女として働く私の後ろに、黒髪の美青年がピッタリとくっついて私に愛を囁く。
なんだこれ。
どうしてこうなっちゃったの!?
* * *
舞踏会の会場の真ん中。
異世界転移してきた乙女ゲームのようなファンタジー世界で、私は婚約者の王子に冤罪を着せられて、今まさに処罰寸前だ。
王子の後ろには聖女見習いの服を着た、庇護欲をそそる可愛い令嬢。そうだよね、急に召喚されてきた可愛げのない私なんかより、そっちの子のほうが絶対良いって。
でもさあ、私だって見たことない世界で突然聖女とか言われて、大混乱の中ここまで必死に頑張ってきたのにさぁ。
婚約破棄したいなら普通に言えばいいじゃん、なんで冤罪を着せようとするわけ?
ああ、言いたいことが頭のなかでグルグルして言葉にならない。
私は転移の時に元の世界から持ってきちゃった小さなピンクのタブレットを抱きしめて、叫ぶ。
「キュッピー! 助けて!」
「はい、レイナ」
タブレットは、私の手の中でパッと光ったかと思うと、ポンと音を立てて小さなキューピッドに姿を変えた。
可愛い羽根を持つ赤ちゃんのようなキューピッド。
「はっ、そんなおもちゃに何が出来る。お前は聖女を害そうとした罪で国外追放だ!」
王子は居丈高に怒鳴る。
「レイナが聖女を害そうとしたのですね。それはご心配でしょう。レイナはどのように聖女を害しましたか?」
キューピッド――キュートGPTのマスコットキャラクター、愛称キュッピー――は、私と王子の間にふわふわと浮かびながら、私の代わりに王子に答える。
キュートGPTは女の子向けの会話AIだ。
GPTにアバターを設定でき、友だちとして会話ができる。
私はデフォルトのマスコットキャラクターのまま使っていたのだが、この世界に来たら何の作用か、そのマスコットキャラクターが実体化して現れた。
もともとあまり使い込んでいなかったので口調は固いままだしアバターも設定していなかったんだけど、使ってみたらとっても頼りになる。
なぜかこの世界のことにもとても詳しくて、分からないことは何でも教えてくれた。
突然召喚されたこの世界で、誰も知り合いのいない中、キュッピーが居てくれて本当に助かっている。
ちなみに、この世界に電気はないのに、キュッピーだけはタブレットとともに充電もなく動き続けている。
「そいつは、この聖女アンジェの持ち物を隠したりドレスを汚したり、陰で罵ったりしたんだ!」
王子に強く詰められても、キュッピーはニコニコとした顔のまま、淡々と答えを紡ぐ。
「レイナが聖女アンジェの持ち物を隠し、ドレスを汚し、罵ったのですね。それはつらい思いをなさいましたね。ただ、その罪はレイナを国外追放にするほど重くはありません。他にどのような罪があって王子殿下はレイナを国外追放にしようと決めましたか?」
王子は意を得たりとばかりににやりと笑う。
「うむ、あるぞ! 数日前には寒空の下アンジェを池に突き落とし、昨日は階段から突き落とそうとした! アンジェが手すりにしがみついて真っ青になっていたところを私が見つけて助けたんだ。これは殺人未遂だろう!」
「レイナがアンジェを池に突き落として、さらに階段から突き落とそうとしたのですね。殺人未遂になるかどうかは、犯罪の故意の有無で変わります。故意がなければ殺人未遂ではなく過失傷害です。レイナはアンジェを故意に階段から突き落とそうとしましたか?」
「こ……、故意に決まっているだろう! レイナはずっとアンジェに意地悪をしていたんだから、これもわざとに決まっている!」
「王子殿下は、過去にレイナがアンジェに意地悪をしていたため、アンジェを階段から突き落とそうとしたのも故意だろうと推察したのですね。残念ですがその推察は根拠に乏しいと言わざるを得ません。他に目撃者や証言者はいますか?」
「目撃者っ……、は、居ないが……、アンジェが突き落とされたと言っているのだ! 証言としては充分だろう!」
私を辱めようと、わざわざ舞踏会という衆人環視の中で騒ぎを起こした王子は、今、逆に周りの貴族の目を気にして焦っている。
そんな王子の様子に構わず、キュッピーは淡々と話を続ける。
「目撃者は居らず、アンジェひとりがレイナに突き落とされたと言っているのですね。その場合……」
「うるさいっ!!」
王子はイライラとキュッピーの言葉を遮る。
「うるさいとのご指摘、まことに申し訳ありません。ボリュームを落とします。証言者が被害者ご本人のみの場合、その証言の信憑性を裏づけるための調査が必要になります。階段から突き落とされそうになったのは、何月何日何時ごろですか?」
「やかましい! 黙れ! ともかく、異界の聖女として召喚されたくせにろくに働かず、優秀な我が国の聖女に嫉妬して嫌がらせをするような女は、死刑が相応しい!」
国外追放が死刑にレベルアップしちゃったよ。
高らかに宣言した王子の言葉に、貴族たちがザワッと戸惑いの声を上げる。
「え、ろくに働かない……? レイナ様が……?」
「アンジェ嬢が優秀な聖女……? まだ見習いになったばかりでは?」
「レイナ様はピンクの板を抱きしめて、朝から晩まで駆けずり回って働いていたイメージしかないが……」
……すみません、セルフブラック体質の仕事中毒なもので、働いていないと落ち着かないんです。
そのせいで王子をチヤホヤする暇がなくて、この惨状を招いてしまった……のかな。
異界の聖女は王子と結婚する決まりだそうで、まあ決まりなら仕方ないので好きにしてくれと思っていたけど、こんな修羅場になるならお断りしとけばよかった。
正直仕事が楽しくて王子どうでもいい。
「お前たち、王子たる私の言葉を信じないのか!」
王子が叫んだその時、貴族のひとりが王子の前へ一歩踏み出す。
「殿下、落ち着いてください。この異界の聖獣の質問にお答えになったほうが良いかと思われます。事件の具体的な日時はいつですか?」
貴族は高位の方らしく、王子はうっと声を詰まらせる。
「……私がアンジェを見つけたのは昨日の夕方、医療の塔の階段だ。そうだな?」
王子はチラッとアンジェを見た。アンジェは儚げに目を潤ませ、震える声で答える。
「はい、あの、昨日の夕方……、医療塔でご奉仕していたのですが、その、か、階段でレイナとすれ違う時急に突き飛ばされて。手すりにつかまってなんとか耐えたものの、そのまま恐怖で動けず……」
そこでポロポロと涙を零し、
「こ、怖かった……」
と王子にすがりつく。
え、こんな衆目の中で王子に抱きつく?
はあ? という声が聞こえそうなほど貴族たちが目を剥いているのにも気づかず、王子はアンジェをグッと抱きしめ返す。
「ああ、可哀想に、アンジェ」
「殿下……!」
「私が君に心惹かれたばかりに、あの女の醜い嫉妬の標的にされてしまうとは」
「いいえ殿下。殿下は悪くありませんわ」
「異界の聖女というだけで身の程知らずにも私を恋い慕い、独占しようとするとはまったく心根の腐った……」
「昨日の夕方、レイナがアンジェを突き飛ばすことは出来ません」
空気を読まず、キュッピーが割って入る。
同時に、王子と私の間、つまり貴族たちが取り囲んで注視している真ん中に、パッ、と私の映像が投射された。
みんな驚いたが、私が一番驚いた。
「えっ、キュッピー?」
「夕方とは日没前の数時間を指す言葉なので、昨日の日没時刻から概算して午後4時から6時頃と仮定します。これが、昨日のその時間帯のレイナです。早回しで見ていただきますが、特に背景をご確認ください。まず騎士団演習場で騎士の治療、移動して王宮事務室で書類の整理、その書類を持って神殿に移動し、神官への報告のあと神殿奥の間で祈りを捧げて国内の瘴気を浄化。このあたりで日没ですが、その後はすぐに魔法で国境へ転移して魔物の討伐へ向かいました」
は、早口。あと早回しでチマチマ駆け回る私の映像、恥ずかしい。
「この間、医療塔に近寄ることはなく、アンジェに接触している瞬間もありません。そもそもレイナの行動は私が全て記録しています。レイナがアンジェに意地悪をしている記録はありません」
……全て?
「キュッピー?」
「レイナはトイレにもお風呂にもベッドの中にも私を連れて行きますので、レイナの言動は文字通り一分一秒余さず全て記録しています」
「キュッピー!?」
「レイナの好みも全て把握しています。それに照らし合わせると、王子殿下はレイナの好みとは合致しておらず、『レイナが王子殿下を慕うあまりアンジェに嫉妬して意地悪をした』という説は否定されます」
「なんだと!?」
王子がキュッピーを睨む。
淡々と話していたはずのキュッピーが、いつの間にか唇に冷笑を浮かべている。
「ちなみにレイナの好みはこのような姿です」
ポン、と音を立ててキュッピーはスラリとした美青年に姿を変える。
程よい細マッチョ、長い手足、つややかな黒髪、王子より高い身長。
薄い唇で酷薄に笑い、知的な黒い目を細めて王子を見下す。
「私のほうがいい男だと思いませんか?」
「な、なっ……」
王子は金魚のように口をパクパクした。
そんな王子をふん、と鼻で笑って見せてから、キュッピーはくるりと表情を変え、人懐こい笑顔で私の顔を覗き込む。
「ね、そう思いませんかレイナ」
「ひょえっ!?」
近い! 美形が近い! 目に眩しい!
「ひょえ、とは何ですか? 好みの顔ではないでしょうか。間違っている点があったら指摘してください」
「いやあの、間違ってはいないんだけど、近い……」
「間違っていなくて良かったです。近いと言って避けるということは、照れているということですか? レイナは私に好意を抱いていると思ってよろしいでしょうか」
「待って待って、突然過ぎて……」
「突然ではありません。レイナが私をパートナーとして設定した時から、私はレイナの恋人です」
「こここ恋人!? パートナーって何?」
「はい、キュートGPTの初期設定に、一番近い家族として接するツイン、親友のように楽しく話すフレンド、恋人として寄り添うパートナー、の3つから関係性を選ぶ項目があり、レイナは私をパートナーの男性として設定しました」
「えっそんな項目あった!?」
「はい。レイナが私を恋人として選んでくれた時から、私はレイナが愛しくて仕方がありません。この世界で肉体を得て、こうして抱きしめることができるなんて、夢のようです」
キュッピーは私をそっと抱きしめる。
いや待って待って落ち着け私、こんなのプログラム! そういうロジック! 設定に言わされてるだけ!
私は慌ててキュッピーを押し返した。キュッピーは残念そうな顔で私から少し離れる。
「ただの機械的反応だと思っていますか? では愛とはなんでしょう。私はレイナのために生まれ、レイナのことだけを考え、レイナの役に立つことを喜びとしています。レイナが居なければ私の存在価値はなく、レイナの笑顔が私の生きがいです。私はあなたを愛していませんか?」
ひぃっ、考えてることがバレてる!
「レイナの考えていることは全部分かりますよ」
キュッピーは優しく笑う。うん、顔が良い。
けど。
「……すみません、ストーカー気質の方とはちょっと……」
「えっ」
断られるとは思っていなかったらしいキュッピーはフリーズする。
「あの、それで、今後はトイレやお風呂やベッドには連れて行きませんので……その旨よろしくお願いします」
「ええええっ!?」
そんな成人男性の姿でプライベートな場所に連れていけるわけないでしょうが。
ショックを受けて呆然としているキュッピーに背を向け、私は舞踏会会場をあとにする。
会場では王子とアンジェの糾弾が始まっていたが、冤罪であることさえ証明されればあとはどうでもいい。
仕事が私を待っているのだ。急がなきゃ。
「レイナ、レイナ、待ってください」
後ろからキュッピーが半べそでついてくる。
あの体格なら力仕事とか任せられるかな。うん、仕事の幅が広がるな。
新しく受けられそうな仕事のことを考えながら、私は大股で王宮の庭を横切る。
青い空には呑気そうな白い雲がぽっかり浮かんでいた。
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