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戦場の芽吹き

戦争の星の北部平原。朝霧が立ち込め、湿った土の匂いが鼻をくすぐる。霧の中には、かすかに揺れる草木の影が長く伸び、光を反射する露が朝日に微かに光る。丘陵や小さな窪地は、長年の戦火によって削られ、黒く焦げた大地と生き残った草の緑が混ざり合っていた。朝露を含んだ土はまだ柔らかく、歩くたびに足元が微かに沈む。冷たい空気が肌を刺し、深呼吸をすると、戦いの記憶と土の匂いが混ざり、胸の奥に重くのしかかる。


この地に、影の英雄リュオンが立っていた。黒いマントは肩から背中にかけて風に揺れ、長くしなやかな槍を握るその姿は、まるで闇そのものが具現化したかのようだった。彼の目は深く澄んでいるが、その奥には戦場で目にした無数の死の影が宿っていた。かすかな霧の中、彼の影が地面に長く伸びる。影はまるで自らの意志を持つかのように揺らぎ、微かに生き物のように動く。


リュオンの目には、先日の戦場で見た仲間の死が映る。あの矢に胸を貫かれた兵士の顔、最後まで抵抗しようとしたその手、絶叫する声の余韻――どれも今はもう消え去った。地面に転がる彼らの鎧は、朝の霧に濡れ、無言の哀しみを放っていた。リュオンは無言で膝をつき、微かに手のひらを地面に押し当てる。水の精霊の力を呼び込むと、槍に宿る影と水の魔力が淡い光となり、倒れた仲間を包み込む。傷口は緩やかに閉じ、かすかな生命の灯が戻る。しかし、すべての傷を癒すことはできず、戦場は依然として苛烈だった。


「……まだ、呪いのせいだと信じるしかないのか……」

リュオンは心の奥で呟く。呪いの存在を信じることで、戦争の理不尽を説明しようとしていた。だが、その信念も徐々に揺らぎ始めていた。理不尽な死は、呪いのせいだけでは片付けられない。戦場で目にする光景は、理論ではどうにも説明がつかず、彼の心を静かに蝕む。無力感と罪悪感が入り混じり、胸の奥で重く波打つ。


北部平原には、敵国の炎の兵士が迫っていた。赤く燃える鎧を纏った彼らは、まるで大地を焦がす火の化身のように近づき、霧を赤く染める。その炎の光は、霧や血の匂いと混ざり、戦場全体を異様な光景に変えていた。カイリスとリュオンは互いの視線を交わし、初めて同じ戦場で力を合わせることになる。炎と水、光と影――異なる力を持つ英雄たちの連携が、ここで試される。リュオンは槍を構え、カイリスは剣を振るう。その呼吸は互いに自然に重なり、戦場での最初の共同作業が始まった。


戦場の中心で、リュオンの槍が光と影の竜巻を生み出す。竜巻は地面の塵と霧を巻き上げ、敵兵を宙に浮かせると同時に、味方の盾となる。竜巻の渦に巻き込まれた敵兵は、動きを奪われ、戦意を削がれる。しかし、その力の影で仲間が倒れる。若い兵士の一人が矢に胸を貫かれ、土まみれで倒れた。血の匂いと湿った土の匂いが混ざり合い、戦場に悲鳴がこだまする。リュオンはその兵士の元に駆け寄り、影を操って彼を包み込む。水の力が微かに生命の灯を守ろうとするが、戦いはまだ終わらない。遠くで地脈の暴走が微かにうごめき、魔物の気配が光を帯びて揺れている。


「……俺たちは、ただ戦うしかないのか……」

リュオンは槍を握り直す。呼吸を整え、心の中で亡くなった仲間の顔を思い浮かべる。カイリスは炎の剣を振り上げ、互いに無言で頷く。言葉はなくとも、二人の心は確かに一つになった。ようやく最初の団結を果たしたのだ。


午後になり、戦場はさらに荒れる。敵の陣営に潜む魔物が、地脈の力で暴走し始める。地面が揺れ、空気が震え、遠くの丘が崩れる音が戦場に響き渡る。炎と水、影と光――二人の英雄が力を合わせ、魔物を押し返す。しかし、それでも避けられぬ犠牲はあった。一人の仲間が巨大な魔物の攻撃に盾となり倒れる。リュオンはその場に跪き、握りしめた槍の柄を胸に押し当てる。


「……すまない……命を、無駄にさせてしまった……」

カイリスもまた、倒れた仲間の傍らで拳を握る。言葉はなくとも、互いに深い痛みを共有していた。戦場の音は耳をつんざくようで、しかし二人の心には静かな哀しみが残るだけだった。


夕刻、平原には長い影が伸びる。赤みを帯びた空の光が、緑色の光と混ざり、二人の英雄を包む。傷ついた仲間、倒れた兵士、魔物の残骸――すべての命の余韻を吸い取り、微かに芽を吹かせる。それはまだ小さな痕跡に過ぎなかったが、やがて大きな大神木になる力の種だった。戦場の荒廃の中に、確かな生命の兆しが生まれたのだ。霧が少しずつ薄れ、夕陽が平原の端を染める。風が微かに吹き、倒れた仲間の鎧を撫で、命の余韻を運ぶ。


リュオンはカイリスに目を向け、静かに言った。

「……共に、この戦いを終わらせよう」


カイリスも応える。

「ええ、仲間たちのために……そして、未来のために」


戦争の星に、英雄たちの足跡と犠牲が刻まれる。呪いの正体はまだ知らない――だが、二人は確かに、一歩ずつ、戦いに立ち向かっていた。霧の向こうには、まだ見ぬ未来が静かに揺れている。戦場のすべてが語りかけるかのように、風と影、水と炎が混ざり合い、新たな戦いへの予兆を知らせていた。

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