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秋津 彩人:2

 生徒の殺害計画を持ちかけられた翌日だって言うのに僕は至って普通に学校に来て仕事をしていた

 不思議と怖いとか緊張とかそういうのはなくて、ついに来たかっていう気持ちの方が大きかった。


「…でもどこからバレたか。」


 デスクで缶コーヒーを飲みながらボソッと口にしてみるけど、だからといって都合のいい答えが出てくる訳でもなく


「なぁにがバレちゃったんですかぁ?

 ふふっ、おはようございますぅ」


 ぼんやりと考え事をしながら天井を眺めていると、聞こえてきたのはおっとりとした祭木先生の声


「あ、おはようございます」


「はぁい、おはようございますぅ」


 すらっとした高身長にお上品に編み込まれた髪の毛

 それに加えておっとりした立ち振る舞いから他の男性職員からの人気がとても高い


「これ、校長先生からですぅ」


 加えて動く度に石鹸のような匂いがしてそばに居るだけでなんだか落ち着くような気がしてくる

 殺伐とした今の時代にこんな人が居るなんてそりゃあモテるよなぁとは僕も思う


「あぁ…あー。えっとこれって?」


「対応マニュアルですねぇ」


「あー…()()()()


 生徒または生徒の親族が死ぬ度に配られる恒例の冊子

 書いてあることは変わらないのに毎回配られるせいで処分に困る厄介物

 これが年に1度にあるかないかだとまだ納得できるけど1ヶ月に何回も見る程度の物だとデスクを圧迫してしょうがない代物だ。


「今回は職員会議がないってことは誰かの親御さんか兄弟ですか?」


「はぁい…うちの桜庭さんのお母様ですねぇ」


 ピリッと衝撃が走った

 昨日の今日だ、しかも亡くなったのが目を光らせなきゃいけない生徒の1人の身内ともなるとどうしても勘ぐってしまう


「あら…何かあったんですかぁ?」


「あ…いえ…って言っても見えてるんですもんね…」


「ごめんなさい…聞いちゃぁ…ダメでしたよねぇ…」


 祭木先生の属性は分からないけれど、この人は毎回こういう事があるといち早く動揺したり不安がっている人に気付く

 その度に寄り添ってくれるところも男性職員から人気の高い要因の大きなところだ


「私でよかったらぁ…お話くらいなら聞きますよぉ?」


 こんな風にじっと目を見つめられて微笑みかけられたら、

 僕はもう昨日のこと以外にもいろんな悩みを吐露してしまう

 けどきっと止まらなくなるしそれにとんでもなく情けないから心に蓋をしてグッとこらえることにした。


「あー…いや、大丈夫です…いや…大丈夫ではないですけど」


「はぁ…」


「もし。もしですよ?祭木先生が人を()()と言われたらどうしますか?」


「まぁ…物騒。けど、そうですねぇ…私はそもそも人を害するような属性(ちから)ではないですし…」


「じゃあ殺すのを手伝えと言われたら?」


「どうでしょうか…んー…悩んじゃいますねぇ

 相手にもよりますし状況にもよりますし…人数にもよってくると思いますぅ」


 ()()だった

 祭木先生のような人は絶対に断ると思っていたから


「意外でしたかぁ?」


「またなにか見えてました?」


「いいえ、顔に出てましたからぁ」


「すいません、変な事聞いて」


「大丈夫ですよぉ、ポヤポヤしてるのは自覚してますしぃ…」


「僕はおっとりしていて素敵だと思いますよ」


「うふふ…ありがとうございますぅ」


 色々朝から考え事をしてたけれど、祭木先生の雰囲気に飲まれたのか、それとも少しは人に話せたからか

 僕の気持ちはかなりスッキリとしていた


「考えてても…だよなぁ」


 そう、命が惜しいならどの道僕は見えない脅迫者の指示に従うしかないんだし

 多分このことについて考えてても時間のメンタルの無駄だなという所に行き着いて、またひとりボソッと呟いてから今日のスケジュールに目を通した


 ■■■■


 今日の授業は4クラスだけ

 1年生はまだ選択教科の選択が終わってないから、ただでさえ暇な僕がもっと暇になるのがこの時期だ


『…せぇんせ』


 そんなもの思いに老けながら誰もいない美術室の整理をしているとまた聞こえてくるあの声


「あー…こんにちは」


『こんにちはぁ…』


 僕を脅迫してくる謎の胸像

 昨日からの付き合いだけどなんだか今日も来るんだろうなと予感はしていたし

 どちらかと言うと少し待っていたような所すらある


「君もだいぶ過激なことをするんだね」


『違いますよぉ』


「なんの事かわかってるの?」


『桜庭さんの…おうちが燃えてしまったことですよねぇ』


「そう、けどさ、昨日あんな話持ちかけられて疑うなってのが難しい話じゃない?」


『そうですねぇ…けど前提から違うんですぅ』


「前提から?」


『ですよぉ?そもそも…桜庭さんは()()()()()()()()()()()()()ですからぁ』


 反議会派だからこそ過激な議会派勢力から命を狙われたと思っていたけど

 どうも胸像はそうではないと言っている



「いやいや…」


『議会からの情報が《《すり替えられていた》》としたらどうしますかぁ?』


「それは…無理だと思うけど…

 いや、職員だったら出来るかもしれないけど…あれ?」


 前提を大きく覆されたことでぼくはだいぶ混乱していた

 何がどうなって話が繋がってくるのか全部が0に戻ってしまっているから

 頭の中の線を繋ぎ直そうにもかなりややこしく感じる


『反議会派がぁ…議会派の生徒を身代わりにぃ…この学校に潜伏してるとしたらぁ?』


「校内でそんな大きな事件は起こったことないよ…まだ僕は2年しか居ないけど、その間ではね」


 この地区は比較的治安も良いし校内でそう言った大きな事件が起きたことも少ないとは聞いている

 現に僕もびっくりするほど平和な教師生活を2年も続けれてそのまま3年目に続くと思っていたから


『じゃあ…校内でそんな大きな事件が起こっていますよぉ』


「1人や2人潜伏したとして何ができるの?一人で学校全員を含めた大立ち回りなんて無理だと思うけど?」


『そうですねぇ…情報がすり替えられていたとして危険視されてるのは今年入学の2人だけぇ…』


「そうその2人で何ができるってーーーー」


『《《だと思ってるんですかぁ?》》』


 胸像から向けられたその言葉に僕の背中は猫のように逆立った

「マズイ」何がかは分からないけどその単語がデカデカと脳内を支配した


『これから協力してくれる先生には教えていいとの事なのでぇ…教えてあげますけどぉ…

 この学校…いいえ…この地区で大きな戦争が起きますよぉ

 だから私はずぅっと準備をしているんですぅ』


()()?この地区で?」


 反議会派が攻め立ててきたことは何回かあったのは覚えているけど、この地区の警備隊が優秀なのもあって毎回そこまで大きな被害は出ていなかったはずだ

 だからこそ戦争なんて言われてもまるで実感がわかなかった


『だから先生には反議会派のぉ…人間を消すのを手伝って欲しいんですよぉ…

 事が荒立つのは控えたくてぇ…』


「たしかに僕の属性(ちから)は暗殺にも使えるけど…」


『先生は議会派ですよねぇ?じゃあ平和のために協力してくださいよぉ』


「いや…まあ…議会派だけど、なんだか君…昨日とは打って変わってだね」


 昨日はあんなに脅迫めいた…と言うよりストレートな脅迫だったのに、なぜか今日は擦り寄ってくるようなそんな論調に聞こえて

 一体何を考えているんだ?とまじまじと胸像を見つめていた


『それじゃあ…今日の本題に移りたいんですけどぉ…

 いきなり暗殺計画をお話するのもぉ…一人では荷が重いですしぃ…

 それに失敗した時にぃ…先生だけだと不安なのでぇ…』


「何が言いたいの?」


『もう1人誰かをここに連れてきてくださぁい』


「いや…そんな…僕は一教師であって全員の属性を把握してる訳でもないし計画に向き不向きな人員の選定なんてできないよ」


『属性なんてどうでもいいですよぉ…人数は多いに越したことは無いですしぃ…

 属性なんて使い方次第でどうとでも化けますからねぇ…』


「そう言われても暗殺計画ですなんて言って乗ってくれそうな人は…」


 ここまで言って脳裏にふと1人の人物が過ぎった

 …ただこんな事に巻き込んでいいものか、しかも生徒殺しなんて物騒すぎることに…

 僕一人で完結させるべきではないのか?


『とにかくこれは()()()ですぅ…

 先生は何も話さなくていいんですよぉ…ここに連れてきてくれるだけで良いんですぅ…』


 また()()()か、ここまであっけらかんに話しているならもう脅迫だと開き直ればいいのに

 ため息が出そうになるのを一応抑えて胸像の次の言葉を待ったけど胸像はそこから何も話さなくなって美術室は僕一人の静かな空間に戻った。


「一人連れて来い…か」


 生徒はありえないし連れてくるとしたら教員の中の誰かになるだろうけど

 けどこんな荒唐無稽な話誰に話したものかと僕の頭はずしんと重たくなった


 ■■■■


「はぁ…」


 昨日美術室で言われたことをずっと考えているけど寝て起きても、学校に来ても頭の中の重りは取れなかった


「また重たぁいため息ついてますね」


「あぁ…祭木先生、おはようございます」


「見えちゃったんで来てしまいました」


「まあそうです、悩み事ですよ…」


「かなり濃いですけど、お話聞きますよ?

 話すの難しかったらお手伝いでもなんでもしますよ?」


「献身的ですね」


「属性を有効活用してるだけですよぉ」


 暖かい笑顔とおっとりした喋り方の祭木先生のおかげか少しだけ頭の中が軽くなったようなそんな気がして僕の口がつい緩んでしまった


「祭木先生…じゃあ…放課後美術室でお会い出来ませんか?」


「えっ…放課後ですかぁ?」


「お忙しかったりしますか?」


「別に特に予定があるわけでもないですけどぉ…」


 やってしまった…巻き込んでしまった

 キョトンとした顔の祭木先生を見て僕は後悔した

 今からでもやっぱりなんでもないことにして話を流した方が良いに決まってる


「それで少しでも楽になるんだったら…うふふ…放課後お伺いしますねぇ」


「あ…お願いします…」


 止めようと思ったのに、祭木先生の雰囲気に飲まれて話を流すのを忘れてしまった

 いや、けど…これはこれでいいのかもしれない、祭木先生ならあの胸像を説得してもう少し平和な案を出してくれるかもしれない。


「なんだかよく分かりませんけどぉ…お力になれそうでとっても嬉しいです」


「いや…なんか、と言うより最初に謝っときます…」


「困った時はお互い様…ですよぉ?ただでさえこんな世の中なんですしぃ」


 そうとだけ言うと祭木先生はいつものおっとりした雰囲気を纏って自分のデスクへと戻って行った

 こんな人を生徒の暗殺計画に巻き込むなんてどうかしているのはわかっているけれど、けど祭木先生なら何とかしてくれるんじゃないか…なんて期待も胸の中で膨らんでいた

 もしそうなってくれれば厄介事に巻き込まれることも頭を悩ませることもなくて平穏な日々に戻れるんだから、そうなってくれることを強く願っていた。


「最低かな…僕」


 けれどここまで来てこんな厄介事の始末を人に任せようとしていることに嫌悪感は大きくて、僕はまた少しだけため息をついた。


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