秋津 彩人:1
この学校に来て2年目
正直な話、3ヶ月目とかでやる気に満ち溢れていた私のやる気は枯れ果てた
別になにか大きな挫折をしたとか、生徒の死を目の当たりにしたとか、そんなんじゃない。
別に生徒や生徒の親族が死ぬことは普通だし、なんなら人の死にもはや鈍感にまでなっている
昨日生徒の誰かが死んだなんて初めて聞いた時は少し空虚さを覚えたけど、いつも通り業務に戻っていく先輩方を見て
よくあることなんだなって
中には死んでしまう可能性が高いんだからとまともに教育をすることすら馬鹿らしくなってる先輩方もいる
でもなんかそれは違うなって漠然と思いながらぼんやりと自分のデスクで考え事をしていた。
「あのっ!すいません!教室が分からなくて…」
震えて泣き出しそうな声と一緒に職員室のドアがガラッと開いた
僕含めて数名が目を向けたみたいだけど、僕以外は何も無かったようにさっきまでの行動を始めた。
「どうしたの?」
あー、この子確か入学が決まった時点で職員会議で名指しされてた2人のうちの1人か…
どうも反議会派の疑いがあるとかで議会直々に通達が来た…とかだっけ?
あの時は校長慌てふためいてて大変そうだったなぁ…そうそうないからなぁ議会から直通のお達しなんて…しかも2人いるとか…
校長ここから3年間胃が持つかな、まあ1年半ばで穴はあくだろうな。
「新入生なんですけど…その…お休みしちゃってて…」
「そんな緊張しなくても大丈夫、まずはお名前教えてくれるかな?」
「桜庭琴葉…です」
そうだったそうだった、そんな名前だった…あの時の会議でホワイトボードにはられてた情報では属性は確か移転だっけか転移だっけか
とにかく言葉尻的には危険そうな属性ではないななんて思ってたかな
と言うより個人情報から属性から属性武器まで全部張り出すのはどうよ?って考えてたことの方が記憶に残ってるかな
「あー…はいはい、えっとね桜庭さんはね2組だね、場所はここ真っ直ぐ行って」
「真っ直ぐ…」
「そうそう…
って言っても広いし分かんないか
いいよ、先生暇だし着いてきて」
「ありがとうございます」
この子はこれが本当に議会から目をつけられてる生徒なのかなってくらいに怯えてるように見える
別に取って食おうって訳でもないのにそこまで怯えられると僕がなんだか申し訳無い気持ちになる
「緊張してるの?」
「えっ…あっ…はい」
「女子校だし北中と南中の合併みたいな感じだから、別にそんな人見知りしなくて大丈夫だよ
知ってる子絶対居るから」
「ありがとうございます」
弾まないなぁ…会話
まあ僕は担任でもないし美術の選択科目で会うか会わないかだろうから別にそんな深く関わろうとも思えないけど。
「それじゃ、ここだから」
「案内ありがとうございましたっ!」
腰折れるんじゃないかってくらい深いお辞儀をしてから教室に入っていく桜庭さんを確認して僕は職員室へと戻ることにした
ぶっちゃけ教師の僕がこういう事思っちゃダメなんだろうけど、あと一人の方が見た目的にもよっぽどヤバい人っぽかったけどな…色んな意味で
ま、その子も話してみると案外桜庭さんみたいな年相応よりちょっと度胸のない女の子だったりするんだろうな…
■■■■
「あー…どうでした?」
特に忙しくない業務をある程度終わらせた放課後
おもむろに校長がバツの悪そうな顔でそう聞いてきた
「どうでした…って?ごめんなさいなんの事だか…」
「目を光らせなきゃいけない子の事ですよ」
校長は議会からお達しが来たその日から「目を光らせなきゃいけない子」っていう風に2人のことを呼んでいる
もし誰か生徒に聞かれたりしても不安がらせないようにとの配慮らしいけど、正直その言い方もどうなんだとは思う所はある
「あぁ、別に普通でしたよ?と言うよりそういうのって担任の先生に聞くべきでは?」
「いや祭木先生にも聞いたんだけど、そもそも会話は無かったしクラスメイトと仲良くやってそうな雰囲気でしたよ。としか言われなくてね」
「ならいいんじゃないですか?」
「いやいや、そんな子にわざわざ目を光らせろなんて言わないでしょう…
だから秋津先生にも聞いておこうと思いまして
朝教室まで案内した時に会話しませんでしたか?どんな子でした?」
「お礼もちゃんと言えるし…けどやたら怯えてたような雰囲気でしたね
緊張なのかもしれませんけど…」
「怯えていた?」
「何話しかけてもちょっと距離を置かれているって言うか
危険人物として認識されてるって言うか…
なんか悪いことしちゃったのかなとすら考えましたね」
「他に気になることは?例えば議会を批判するようなことを口にしていたりとか…」
「ないですないです」
「ふむ…んー…じゃあ両方ともミスなのかね…いやでも議会に限ってそんな事があるのか…」
「まあ平和なのはいい事じゃないんですか?」
「こうここまで普通だと逆になんて言うんだろうね…こう…胸の当たりがグルグルっとするような」
「むず痒い…ですか?」
「そうそう!それ!それだよ!むず痒い」
「別に校内で問題起こされるよりいいでしょう」
「いーや…こう言うのはいきなり事を起こされた時が1番心臓に悪いんだよ!
もう少し目を光らせるべきかね…」
いやいや、それは勝手にしてください
なんて思ったところで校長が少し急ぎ気味の教頭に電話の応対に呼ばれていそいそと奥へと行ってしまった。
■■■■
「配布分のプリントはここに入れて置いて…」
明日は朝一番で美術の選択授業があるから帰宅の準備を済ませて、美術室で軽い準備をしてから帰ろうとしていた時
『秋津せぇんせ…』
教室内の奥から僕を呼ぶ声が聞こえた
けど後ろの出入口は鍵を閉めていたはずだし
教室内に誰か入ってきたら気づくはず…
「誰か居るの?」
そういいながら声の方向を注視するとそこにあるのはデッサン用の胸像
明らかにそこから声が聞こえてきていた
「えっと…胸像さん?」
『はい…』
「どうしたの?」
自分でもびっくりするくらい冷静に応対出来たし、びっくりするくらい訳の分からない状況に置かれているのは分かっている。
『お願いが…あります』
「それはその…胸像さんの?」
多分この胸像は誰かの属性で喋れるようにされてるか、誰かがこれを会して喋ってきているか、なんだけどどっちかまでは分からない
『それで…大丈夫…です』
「まあまあ…できる範囲でなら…大丈夫だけど」
『属性を…貸して欲しいんです…』
「僕の?」
『はい…』
「どうして?」
『この学校に反議会派の生徒が2人居ます
その子を殺してしまいたい…んです』
スっと背中に冷や汗が流れるのを感じた
怖いとかそういう感情からではなくて、目の前に急に現れた非日常に対しての衝撃から。
「えっと…そんな子本当に居るの?」
と言っても僕も教師であり一応人なんて殺めたことの無い人生を送ってきているし、何より生徒側へ非公開の情報がどこから漏れているのか気になった。
『知ってるくせに…意地が悪いです…』
「ごめんね、まだここに来てから2年目だからさ、そう言うのは…僕には回ってこなくて…」
『居ましたよ…わたし…ずっと今日職員室に…』
「あー…なるほど…」
僕のことを先生って呼ぶってことはこの子は生徒?
けど職員室にずっと居た生徒は今日当然居ないし…
かと言ってほかの先輩方からも先生呼びはされてるし…
「どうして殺したいの?」
いや。理由は分かりきっている。反対陣営だから…だ
自分と陣営が違うってだけで人を殺める人間がごまんといる
多分目の前の胸像の子もそういう過激派の子なんだろう
『…理由は後ほど』
「そっか…けど僕が協力するとしてメリットは?
それにどうして僕なの?」
『…協力してくれないのであれば先生を…殺します
それに先生の属性は都合がいいので…』
おねがいの体裁をとったあからさまな脅迫
どの道僕は首を縦に振るしかないみたいだ。
「いつ?どうやって?方法は?」
『後日またお伝えします…
もちろんこの話は誰にもしないでくださいね… 密告した時点で先生を殺さなきゃいけなくなります
…ずっと見てますからね……』
そうとだけ言って目の前の胸像は何も話さない正真正銘の胸像になっていた
けどあの胸像の子はどうやって僕の属性を?
僕は生徒…いや先輩方にも属性の事は伝えていない、強いて言うなら入学時の履歴書だけどこれも属性の名前だけであって詳細までは記入していない…
「…頭痛くなってきたな」
非日常に巻き込まれるなんて誰しも一度は通る道
僕はそれが初めてなだけで、多分考えても無駄だ
断れば死ぬ、おそらく本当に死ぬ、それにいつどこで胸像の子が見ているかも分からないから変に話を相談することも出来ない。
となると無駄だ、自発的に考えること行動すること、この2つは意味を成さない
今は指示を待つのがきっといちばん賢い方法なんだろう。