桜庭 琴乃:3
「大丈夫、アンタならうまくやれるから」
深夜の車中、私と琴葉と紗代だけの薄暗い空間
夜のうちにサクッと計画は立てるとはいったけど、話はトントンと進み深夜の内に琴葉をこの地区から送り出すことになった。
琴葉が目標としないといけないのは巫祷区
噂の又聞きにはなるけど、ウチの地区とは全く毛色の違う宗教じみた独自の地区っていうのは小耳に挟んでいる
巫女が統治をしていて、すべてを巫女が決めるそんな地区らしい。
「けど巫女っていうのには何回もいうけど気を付けなよね」
反議会派地区は統治している団体によっていろんなカラーがあるが、共通しているのはトップに嫌われない事、目を付けられない事
もしそうなってしまった場合はその地区ではほとんど生きていけなくなる。
「もういっぱい聞いたよ......」
「巫女というくらいですから穏やかなお方だとよろしいのですけれどね」
案の定重荷を背負わせた琴葉は家を出てからずっと元気がない
悪いとは思う何回も謝りたいと謝罪の言葉が喉元まで来たけれど、それを私は何度も飲みこんで、いつも通りを取り繕う。
琴葉にもそれ以外にもバレていないと思っていたけど、紗代だけは気づいているのか花園の看病を残った二人に任せて今こうやって同行してきている。
「サッとやってサッと出なよ」
「何かあった時はわたくしが前に出ますからご安心を」
「大丈夫だよ……」
琴葉は言い聞かせている、背負わされた責任を遂行できるって自分を奮い立たせようとしている
姉だから分かるなんてことを言いたいんじゃなくて、震えた手を見たらそんなこと一目瞭然
それなのに逃げ出そうとも弱音を吐こうともしない、やっぱり琴葉はこっちの琴葉にそっくりだった。
だからこそ私は琴葉を無事なところに、戦争の起こっていないところへ逃げてほしい。
「そろそろだよ」
バレないように車のライトすらつけずに月明かりだけを頼りに走行している私の目の前に大きな壁が見えてくる
月明かりで白くボーっとぼやけて佇むその壁は昼に見るよりもはるかに大きいように感じれた。
「超えれる……かな」
「目測で5Mは無いかとは思いますけれど、不安ですか?」
ルームミラー越しに紗代が琴葉の手を握ってくれているのが見えた、私はこういう時に手を握ってやることすらできないしいつも通りの冷たい態度しかとってやれない
私じゃなくて紗代が姉ならよかったのにな、なんてどうしようもない卑下を一人でしてしまった。
けれど今はこんな感傷に浸ってる暇なんてないなとフッと一人鼻で笑い、そのまま壁に向かって運転を続ける。
「そろそろ車止めるよ」
壁の魔近くで停車するより少し離れた場所からスピードを落としてエンジン音を小さくしていく
ここでバレて誰かが駆けつけてきたらすべてがおしゃかになる可能性が高い
何かが変わるはずもないのに私はいつもよりもゆっくりと割れ物を扱うみたいに慎重にアクセルペダルから足を離す。
だいたい壁の15mくらい手前で車は完全に静止して、私は息を止めてゆっくりと車のドアを開ける。
■■■■
外は打ちっぱなしのコンクリートで舗装されただけのただ広いだけの空間で、下手すると自分の心臓の音が聞こえてきそうなほどの静けさが夜の空と同じように広がっている
こんな日だっていうのにいやに星がきれいに見えて、うっすらと私たち3人の影が地面に映っていた。
「ここで戦争始まってるって言ったら、乗り込んで漁夫の利得ようとする奴らは居るから」
壁の近くまで移動しながら私は最後にもう一度作戦を琴葉に伝える。
「もし巫女がその話に食いついてくるなら機嫌を損ねない程度に急かす、巫女以外で食いついてくるならそいつら束ねて関所に突撃」
「難しいことは考えずとにかくこの地区のことを騒ぎ立てていただければ大丈夫ですよ」
答えは返ってこない
それほどに張りつめているってことが痛いほど伝わってくる。
だからこそ変に励ましたり、心配したり、そんなことは琴葉にとってきっと逆効果だ。
「ま!大丈夫だって、あとで合流するからさ」
これは琴葉にも言っているし、自分にも言い聞かせている
きっと大丈夫、これは間違っていない、これは最善の方法だって。
「うん」
やっと帰ってきた短い返事、本当にこれは間違ってない?やっぱり今からでも戻った方が良いんじゃない?って思えるようなか細い返事。
けど戦火の中に置いておくくらいなら、いつ終わるかもわからない危険な状況で手元に置いておくくらいなら
確かに吐きそうなほど不安だけど、少しでも琴葉が生きれる選択肢を取りたい。
そうしてついに壁の前へと、私達は着いてしまった。
「それじゃ......琴葉。気を付けてね、頼んだよ」
これは別れではない
少し離れるだけだ。
「琴葉さん、車の中でお話しした通りに」
琴葉が銃を構えて、その銃口をしっかりと―――――
――――――私へと向けた
『パシュンッ』
◆◆◆◆
「急いでください、それではお気をつけて」
「行って……きます」
まだ戸惑っている様子の琴葉さんが壁の向こうへ行くのを見届けてから、わたくしは車へと踵を返しました。
長年の友人があんなにつらい顔をしているのは見ていられない少しでも助けになれればと乗り込んだ車でしたが、一通のメールを皮切りにわたくしの中の目的が大きく変わりました
『このまま二人を安全に地区外に出す』という内容に。
なのでわたくしは車の中でこっそりと琴葉さんに吹き込んだのです
「二人でお逃げください」
と。
最初は焦った顔を見せた琴葉さんですが、わたくしがあるものをスマートフォンに送信すると、琴葉さんはさらに驚いてらっしゃいました。
『お姉ちゃんに知らせるべきだよ』
なんて短い返信もわたくしに届きました
けれどもそれはいけません、こんなことが起こっているなら戦えない属性の二人を連れて帰るより、二人とも出した方が安全ですから。
いきなり血に染まったわたくしの家の写真をお見せしたのはいささかやりすぎかとも思いましたが、ここでメールが届いたことを騒ぎ立てると琴乃さんは絶対にわたくしについてきてくださります
それだけは避けるべきだろうとこのメールの送り主を見て考えました。
いくら戦争が始まったとはいえ激化はしていないのに民家が狙われた、少し大きいとはいえわたくしの家のような場所はどこにでもある
それなの我が家がピンポイントで狙われたということは、恐らく家の住人にターゲットがいる可能性が高い。
そしてこのタイミングでメールを送ってきたとなると、わたくしか車内のお二人を誘い出すのが目的
血の量からして死人は出ていることは確実ですし、このまま帰れば戦えない属性のお二人が危険になってしまう上におそらく相手の目論見通りになってしまうでしょうと。
それらの考えを壁に着くまでに丁寧に文章にしたためて、わたくしは琴葉さんへそっと送信しました。
すぐに返信は帰ってきましたが、わたくしはあえて送信することをしませんでした
これを伝えてしまうときっとお二人はすぐに帰ってきてしまうから。
だからわたくしは気づいてないふりをしてずっと琴葉さんの手を握りしめていたのです。
恐らく考えていても答えは出てこないでしょう、少しだけ頭を休めてわたくしはそのまま運転席に乗り込みました。
そしてその間にもメールの送り主の名前を頭の中で反芻してわたくしは考えました、どうしてこんなことをしたのかと、それともスマートフォンを取られて強引に送信されたのかと
けれども答えは出てきません、ならば現場へ行く方が確実です。
車のエンジンをかける前にもう一度だけ、スマートフォンの画面を開き送られてきたメールの写真と送り主を確認しました、何度見ても変わらないのにこんなことをしてしまうということはきっとまだわたくしも上手く受け入れられてないのでしょう。
けれど何度見ても添付された写真は血にまみれた居間、恐らく一人は死んでいるであろう血液量
そして送り主の欄に表示されているのは見慣れた『エリさん』という文字、それらが暗い車中で月明かりの様にぼんやりと映し出されていました。




