紅泉 ルチア:1
警備団が爆発されたって聞いて、アタシはトキメイてしまった。
あんなに普段議会派の顔ですみたいに地域を歩いてたヤツらが、あんだけ普段いけ好かないアイツらが昨晩アリの巣にお湯を入れたみたいに消えていった。
それを知った時は気持ちよくて気持ちよくてたまらなかった。
まるで今までコンボの起動を待っていたパズルゲームに待ちわびていた直線の棒がピッタリとハマったみたいに。
「あぁ…最高だよな」
誰も周りにいないことを確認して、聞こえないような声で1人部屋で口にしてみる。
なんならあの爆発の音を録音しておけばよかった、あれが数百人の命を奪った音だなんて最高にゾクゾクする
朝の目覚ましに設定したらきっと最高の一日になる。
けどこれらの思いは絶対に絶対に心に秘めておかなければならない。
こんなのがバレたら父親に殺されるどころじゃ済まないってのは理解してる
酷く拷問されてボロ雑巾のようにされて、最初から居なかった扱いになる。
「……ルチアさん、お気分はどう?避難の準備は済んだかしら?」
ノックもなしにアタシの部屋のドアを開けるこの女、今この状況ならぶっ殺しても反議会派のせいに出来るかもしれない。
「あと少しです、親愛なるお母様」
殺意をグッと飲み込んで、母親ににっこりと微笑みかける
それだけで安心したのかあの女はそそくさとドアを閉めて1階へ戻ってった。
「はぁ……もっとでけぇの起きねえのかな」
普通の女の子ならこの混乱に乗じて街に繰り出していなくなってもこの状況なら仕方が無いって思われだろうけど、アタシはそうもいかない。
家には生き残った警備団員が臨時で護衛隊を組み、玄関には内側と外側で護衛がついている。
もちろん家に入るための正門にも居るからうかうか外に出るようなことも出来ない。
アタシがこの家に生まれてさえなかったら……
地区長の娘でなかったら、もっと自由気ままにこの戦火の中を楽しめたってのに。
「早く襲われねえかな、この家」
アタシを閉じ込めているこの城を壊してくれるなら反議会派でも議会派でもなんでもいい。
アタシはただ退屈を消してトキメキたいだけなんだから。
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地区長の娘ってなると、まず模範的な議会派の娘を演じることを求められる。
品行方正おしとやかで清く正しく議会のために生きる
アタシはそうやってこの歳まで生きてきた。
けどアタシの心はその生活を求めていなかったみたい。
それに気づいたのは高校の卒業の年に友達と隠れて映画を見た時だった
男がテロ組織と奮闘し、あちこちで火花が上がり、何人も死んでいくあの映画。
その時のアタシの夢と希望しか存在していない世界には、全てを変えるほどに鮮烈で濃厚だった。
そこからはこの守られた生活が退屈極まりなく感じて仕方がなかった
監獄に入れられてる人間はこんな気持ちなのか?
毎日毎日何年もずっとアタシは生きてるだけで罰を受けていた。
何度も逃げ出そうと思ったけど、あの父親のことだ、アタシがこんな人間だって知ったらますますアタシを閉じ込める
監獄生活から捕虜のような生活に落ちる。
この地区から抜け出さないと解放されないのに、家と関所から1人で抜け出せる自信をアタシは持ち合わせてなかった。
だから昨日の夜の爆発はアタシにとっての天使のラッパだった。
この混乱に乗じて反議会派がアチコチで騒ぎを起こしてくれたら、この家を襲ってくれれば、家の人間1人残らず殺してくれたなら、アタシはその時初めて自由になれる。
議会派とか反議会派とかはどうでもいい、アタシはただただトキメキたいだけ。
「お母様、わたし避難の準備にもう少し時間がかかってしまいそうだわ。とお伝えくださる?」
扉を開けてアタシは近くの使用人に申し付ける。
少しでも時間を稼いで、この状況を引き伸ばす
少しでも襲われる可能性を高めるために時間を引き伸ばし続けてやる。
父さんも母さんもきっと地区を捨てて近くの議会派地区に亡命するつもりだろうけど、そうはさせてやらない。
アタシの最初で最後のわがままに命をかけて付き合ってもらう。
そんな時遠くの方から2回目のラッパの音が聞こえてきた。
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「ルチアさん!まだなの?!」
爆発を聞いてまるで走り回るネズミみたいに騒ぎ立てる母親を見て吹き出しそうになった。
けどアタシは笑いを喉の奥に飲み込んでこう言ってやる。
「お母様だけでも先に逃げてらしてくださいまし」
そういうとあの女が騒ぐのを辞める、苦虫を噛み潰したような顔をしているのが顔を見なくても想像できる。
逃げたいという本能と母親でいなきゃならない、娘を守らなきゃいけないって言う建前で板挟みになって、叫び出したいのに叫ぶことも出来ないって具合だろう。
人をいたぶるってのはこんなにも楽しいのか?やりたいのにできないって言う状況に人を追いやるのはこんなにも心を満たしてくれるのか?
アタシはどうしてこんな身近な青い鳥に気づかなかったんだろう。
母親以外にももっと傷を与えてやりたい、もっと押さえつけてやりたい。
その気持ちがピークに達すると同時にアタシは部屋の窓をかち割っていた。
「ルチアさん?!何があったの?」
「嫌よ!お母様!お母様逃げて!」
アタシのこの爆笑を悲鳴に乗せて最高の悲劇を演出する
2発目のラッパはきっと合図だ、アタシがこの城から飛び立つための。
割れたガラスなんて気にせず、窓枠に手をかけると手のひらから血がドクドクと流れて脈打つ。
そして次の瞬間羽が生えたかのように軽やかにアタシの身体は、割れた窓から飛び立つように宙に舞った。
アタシは今最高に幸せだ。
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重力によって地面にたたきつけられる、おそらく骨の1部は確実に折れた。
歯も折れているし、鼻から血は止まらない。
けどこんな経験アタシにとって最高に未知で最高に気持ちがいい
これなら本のページで指を切った時の方が不愉快で痛かったくらい。
けどこの未知に身体を預けて夢見心地に浸ってる訳にも行かない。
遠くから数名が走ってくる音が聞こえる、恐らく耐えきれなくなってヒステリックを起こした母親に急かされてアタシを助けに来たのだろう。
けどもうアタシは我慢しない
ラッパはアタシに合図をくれた
楽園へ踏み出すチケットを届けてくれたんだから。
アタシは今日をもってこのトキメキあふれる外の世界に飛び立つんだから。
「『――――』」
だから絶対に邪魔させない。
アタシは感じたままに武器を片方の掌と一緒に地面に突き刺した。
地面に串刺しになったアタシの手からは毛細血管のような赤い線がすごい勢いで広がる。
意識が飛びそうなほど痛い、けどそれと同じくらい幸福感に包まれている。
暫くすると痛みに悶える警備団員たちの声も聞こえて来た
そして警備団員たちが感じている数人分の痛みが凝縮されて手から伝わる。
胸のドキドキが。トキメキがもう止まらない。
「サイッコオオオオオオオオッッッッ!!!」
痛みを、幸せを、アタシの全てを声に乗せて叫ぶ
こんな大声出したことないから喉が裂けるように痛い。
でも今のアタシは最高に自分の人生を感じている
痛みも思考も幸せもぜーんぶアタシが独り占め、こんな贅沢。バチが当たってしまいそう。
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感じる痛みが少なくなった、警備団の声も聞こえない、アタシの夢の時間はそろそろ覚めようとしている。
「んだよ、もうちょっと、あとちょっとくらい付き合えよ」
文句は出たけど、本能的にもうここでは夢も見れないしトキメキも感じれないって理解していた。
だからアタシは串刺しにしていた手のひらから武器を引き抜き、手のひらも自由にしてやる。
メジャーを戻す時みたいに地面に拡がっていた毛細血管状の何かは手のひらに勢いよく吸い込まれて、アタシのいる場所はいつも通りの綺麗なお庭に戻った。
そしてこんなに外で大騒ぎしているのに母親も父親も来ない。
恐らく2人して広いだけの家の片隅でどこかの部屋に閉じこもって、厳重に鍵を閉めて2人して震えてるんだろう。
ここまで素敵な女の子に育ててくれた2人にはアタシからお礼を言いたかったけど、ここに来てくれないなら仕方がない。
「それでは御機嫌よう、どうか皆様ご無事でお幸せに」
この家の娘としてアタシは巣立ちの言葉を投げかけた。
議会も反議会もなんでもいいしどうでもいい
アタシによるアタシの為だけのアタシによる人生の第2幕。
アタシだけが楽しめて誰にも邪魔されないアタシだけの物語はラッパの音に導かれていま始まった
開かれた楽園の門にアタシは迷うことなく歩みを進める、もう誰にも邪魔はさせない。




