桜庭 琴葉:8
「良くやった」
校門前で蹲るわたしにお姉ちゃんは短くそうとだけ告げて、まだ中に残ってるエリちゃんや花園さんを運びに戻った。
必死だったといえ、咄嗟だったといえ、わたしは初めて人を殺してしまった。
何とかお姉ちゃんに連れられて外に出てきたけど、まだ体は震えてるし、なにかとりかえしもつかないような事をしてしまったって怖くて仕方がない。
「殺られる前にやっただけですわよ」
まだ比較的軽症で自分で動けた名前も知らないこの人は、一番最初に学校から出てきて真っ先に治療を受けれた。
傷は綺麗に塞がっていてるけど制服の腕の部分は血で滲んで、ずっと鉄の匂いがしていた。
「だから何も気にすることありませんわ」
「でも初めてだったから……」
「桜庭さんがやらなければ私たちは死んでいましたから」
きっとこの人は精一杯わたしのことを励ましてくれている。
それなのに言葉は右から左に通り過ぎていくだけで。
「エリちゃん達……大丈夫かな」
「あなたのお姉様の属性なら死んでない限りは大丈夫ですわよ」
「そっか……お姉ちゃん、そんなに凄いんだ」
「議会派で良かったって心から思うほどには強力な属性ですわね」
その言葉を聞いた時、居ても立っても居られなくなった。
そうか、この人は議会派なんだ
だったらいつか戦うかもしれないんだ
こんなに励ましてくれて寄り添ってくれてるのに
またあんなことが起きるかもしれないんだ。
「ちょっと!泣かないでちょうだいよ!」
気づかないうちに涙かボロボロとこぼれ落ちてたみたいで。
「ごめん……大丈夫」
けどわたしには本当のことを言える勇気なんてなくて。
「きっとこれからここ物騒になりますわ、だから今のうちに慣れておかないと」
「殺すことに?」
「どこでも起こりえていることですのよ」
やっぱりわたしはこの世界の人とは全く違うんだって自覚した
お姉ちゃんもエリちゃんもこの人も、みんな誰かが居なくなることに慣れている。
そして誰かを殺してしまうことにも慣れている。
「……もう無理だよ」
ここに居ることも、戦うことも、この世界のことも
わたしにはもう受け止めきれない。
「この世界に生まれた以上、どこに行ってもこうなる可能性はありましてよ。これはもう仕方が無いのよ」
「……違うのに」
「何か仰いまして?」
わたしは初めてこの世界のわたしが憎いと思ってしまった、今頃わたしは可愛い制服を着て見知った友達と部活に入ったり、放課後はちょっと寄り道してみたり、そんないつもと変わらない生活を満喫していたはずなのに。
そう考えたら、わたしの口から自然と誰にも聞こえないような小さな音で、そんな恨み言が口から漏れ出ていた。
■■■■
「うし、あとはエリだけだね」
「ですね、あとひと頑張りです」
「紗代はここに居てあげて、この子起きた時、この2人だけじゃ心配だから」
最初にお姉ちゃんと紗代さんが校内から運んできたのは花園さんだった
撃たれた場所がエリちゃんよりマズイらしくて先に手当をしたらしい。
「分かりました、けどお一人で大丈夫ですか?」
「エリなら軽いから大丈夫」
「かしこまりました、けれどまだ残党が残っている可能性もありますから、くれぐれもお気をつけて」
「大丈夫、即死じゃない限りは何とかなるから」
そう言ってお姉ちゃんは一人で校内に走っていく。
その通りだよ、祭木先生はもう居ないけど、まだ人体模型みたいなのが残ってたら?
お姉ちゃんがそれに撃たれでもしたら?
そう考えるだけでいつもはすごく怖くなるのに、なんでか今は何にも思えなくて。
「大丈夫ですよ、琴乃さんは戦えなかったぶん、誰よりも賢く立ち回りますから」
何も言ってないのに、蹲って表情すら見えてないはずなのに、上から諭すような紗代さんの声が聞こえた。
大丈夫……大丈夫なのかな、本当に?けど紗代さんが言うなら大丈夫なのかな?
何を信じて何を考えれば分からないから頭の中はずっとハテナだらけだったけど、思考がぐるぐるしてるおかけで不安は少し和らいだ。
「私も手伝いに行った方がよろしいのではなくて?」
「ダメですよ、お怪我こそ治ってますけど今は大人しくしておいて下さいね」
「もう戦えましてよ?それに残党がいる可能性があるなら尚更ではなくて?」
「万が一のことを考えてくださいね」
横では助けに入りたい委員長さんと紗代さんの軽い言い合いが始まっていた。
けど仲裁に入る元気まではまだ戻ってきていないわたしはそれをただ聞いているだけになっているそんな時だった―――
■■■■
いきなり何も聞こえなくなった
キーンと言う甲高い音が頭の中から聞こえていて、全く状況は飲み込めなかった。
「―――なに?」
顔を上げて周囲を見回すと、肩を怪我して居た女の人に紗代さん、それに花園さんが地面に寝かされてて。
でも明らかに何かが起こっているのはさっきまで言い合ってた2人の顔を見てすぐに分かった。
同じ方向を見つめて、唖然とした顔で、何も言わずにただ固まっているだけ。
わたしも遅れて2人の視線の方向を見ると
「……え?」
正門から見える校舎から黙々と白い煙が立ち上っていた。
窓という窓から吐き出される煙はあっという間に校舎を霧のように包み込んでいて、これがなんなのか理解するのに少し時間がかかってしまった。
「爆発?」
ようやく聴こえるようになってきた耳に誰かのそんな声が聞こえてきて、ずっと血の気が引いた。
だってまだ中にお姉ちゃんが、エリちゃんがいるはずなのに。
「紗代さんっ!!」
どうしていいか分からなかった、でも最悪のことが起きてるのは確かだった。
でももうわたしの頭の中には入り切らなくて、零れ出た分が大きな声になってしまった。
「離れましょう」
酷く冷静だった、いつもみたいな諭すみたいな声色で、紗代さんがそういうのがはっきりと聞こえた。
「どうして?!お姉ちゃんもエリちゃんもまだ中にいるんだよっ?!」
「だからです」
次聞こえたのは酷く冷たい声だった。
「戦えない人が二人も居て、戦力になるかも分からない人間が1人、相手は爆発まで起こせる余力を残しているこの状況下でのわたくし達の最善策は離れる事しかありません」
「いや!」
「なら足の骨を折ってでも車に押し込むだけですよ」
氷みたいに冷えきった言葉と一緒に紗代さんが武器を握ろうとした時。
わたしのスマホがプルプルと震えた。
画面には『お姉ちゃん』の文字が確かに表示されている。
「お姉ちゃん?!」
「―――ぶだから」
スマホが壊れちゃったのか、耳を当てても遠くからノイズに混じった声しか聞こえて来ない。
でも聞こえてくるのはお姉ちゃんの声に間違いなかった。
「――――げなさい」
「えっ?なに?!聞こえないっ!お姉ちゃん達は大丈夫なの?!」
通話はまともな答えが聞こえる前にブツっと通話が終了してしまった。
わたしは何回も何回もお姉ちゃんの電話番号にかけ直したけど、聞こえるのは呼出音だけで、そこからお姉ちゃんの声が聞こえてくることはなかった。
「……車へ」
それでも何回も何回も諦めずにかけ直してる私の肩にそっと紗代さんの手が置かれる。
「生きているなら《《絶対に帰って》》きます」
諭すような声でも、さっきみたいな冷たい声でもなかった。
「だから、わたくし達は1度退きましょう」
「でも!」
「ここでわたくし達に何かあった時の方が琴乃さんは後悔されます」
「まだ中に危ない人いるんだよっ!」
「絶対に大丈夫です、琴乃さんは帰ってきます、エリさんと一緒に。必ず」
どうしてそう思うのか、なんでそこまで断言できるのかはわたしには分からなかったけど。
だけど、紗代さんの声はいつもより重たくてドッシリとしていた
安心させるために言ってる言葉じゃないって事だけはわたしにも分かる。
「今日中に帰ってこなかったら、わたしの事止めてもここに来ますから」
「そんなことがあるならわたくしが行きます」
この学校の爆発が、これからこの地区が終わっていく始まりだったなんてことは、わたしはまだ分かっていなかった。
これから目の当たりにする戦争が、いかに悲惨で、絶望的で、逃げ出したくなるような事かなんて。
この時のわたしはまだ人を殺してしまったこととお姉ちゃん達の無事の事しか考えていなかったから――――
【桜桃女学園編『完』】
次回【議会地区:桃木区編】
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