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饗狼傭兵団戦記 〜腹を満たすまで〜  作者: 影道AIKA


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第098話 蒼火の野営地

立ち寄ってくれてありがとう。深呼吸をひとつ。今日も静かに整えながら進んでいこう。

蒼紗の丘陵を越えると、急に空気が乾いた。土が赤く、石は黒く、地面のあちこちに焼け跡のような円が残っている。“蒼火そうかの野営地”。風は弱く、代わりに地面そのものが微かに熱を帯びていた。帆布は低く、荷は締めて。合図は指で足りる。

「塵なし。鏡なし。……地が呼吸してる」カイが膝をつき、掌を地に当てた。

「紗も牙も過ぎた。今日は火が舌」ライラが赤土を指で掬う。ほのかに温い。


 野営跡の中央に、すすを纏った旅の鍛冶師がいた。腰紐に藍はない。掌には、灰と火粉が混じった黒い円片。

「ここでは声が熱を帯びる。強く出せば火が立つ。……通るなら、この円を土に押していけ」

 ヴォルクは頷き、御者台の商人へ視線を送る。「借りる腹は返す足で」

 バルドが円片を受け取り、ライラが赤土の上にそっと押し当てた。灰が舞わず、音もなく、土の熱が少しだけ落ち着いた。

「谷へ二、丘へ一。押しは半手で」鍛冶師が囁く。

「覚えた」ライラは火の呼吸を骨に刻んだ。


 作業の間、ミーナは火を使わない。黒石を布で包み、木鉢の底に据える。布袋の水を手のひら一杯。“旅酵たびこう”を指の腹だけ落とし、焙り麦の粉をひとつまみ、紗片粉を爪の先だけ。塩は影。香草は粉。

「“火守りのすすり”。湯気は出さない。温いで止める」

 酸が短く跳ね、焼け土の香りと混じる。カイがひと口すすり、息をゆっくり落とす。「軽いのに、腹に柱が立つ」

 商人は片目だけ笑い、「歩幅を稼ぐ味だ」といつもの一言を残した。


 野営地の端に、古い藍の点がかすかに残っていた。粒は細い。だが煤で覆われ、見えない。代わりに、熱の層と土の脈が“話す”。

「粉の囁きは沈む。舌は火」ライラが地面の熱を指先で感じ取る。

「濡れ布の揺れ、なし。目は遠い」カイが肩を切った。「輪になる前に抜ける」


 鍛冶師が黒火の欠片をミーナに渡した。「器に沈めれば味が締まる」

「受け取ります。紗片と重ねる」ミーナが布に包む。


 正午前、焦げ土の影で短い休止。火は使わず、“火守りの薄”を裂き、火粉を指の腹だけ散らして押し戻す。香草は粉。塩は影。

「噛まずに舌で広げる。血が温まる」ミーナが配る。

 バルドは頬に寝かせ、深くうなずいた。


 午後、蒼火の野を抜けるころ、遠い肩で黒い点が一度だけ揺れ、すぐ消えた。鏡ではない。濡れ布でもない。目はいるが、舌は遠い。

「火は眠った。耳は届かない」ライラが囁いた。

「良い。歩幅は揃える」ヴォルクは隊を二列に整え、御者台へ親指を立てた。「合図は指で足りる」


 夕刻、赤土を背に帆布を張る。灯は一つ。影は増やさず、必要のない夜だ。器に黒火片を沈め、“薄り”を温いまで起こす。湯気は出ず、酸が胸を静かに撫でてゆく。

 御者台で商人が短く書きつける。「本日の勘定:蒼火の野営地、火押し、黒火片。歩幅、維持」

「紙は腹にならないが、腹は紙を運ばせる」ヴォルクの声に、遠くの土がひとつ、熱を吐いた。


 星が出る。火は眠り、道は前へ延びている。

読了感謝。熱や焦げた土の匂いを思い出す景色があれば、そっと教えてください。また明日。

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