表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
饗狼傭兵団戦記 〜腹を満たすまで〜  作者: 影道AIKA


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

87/95

第087話 蒼月の宿営地

立ち寄ってくれてありがとう。深呼吸をひとつ、今日の体と心を整えていこう。

更新は毎日11:00予定。無理なく、淡々と。

蒼鐘の谷を越えると、夜が早かった。空はまだ薄明るいのに、月がもう頭上で光を放っていた。“蒼月そうげつの宿営地”。地面は砂と草が交じり、風が静かに吹き抜ける。帆布は低く、荷は締めて。合図は指で足りる。

「塵なし。鏡あり。……光が冷たい」カイが空を仰ぐ。

「鐘も灯も過ぎた。今日は月が舌」ライラが地に影を落としながら歩いた。影の輪郭がはっきりしている。


 丘の端に、白い外套を羽織った旅人がいた。腰紐に藍はない。手のひらに金属の欠片を載せ、月光にかざしている。

「夜を越える者は声を潜めよ。月は耳を持つ。……通るなら、ひと息だけ、影を動かしていけ」

 ヴォルクは頷き、御者台の商人に目を送る。「借りる腹は返す足で」

 バルドが足元の砂を払い、ライラが一歩だけ踏み出す。影がかすかに揺れ、光がひと筋、細く折れた。

「谷へ二、丘へ一。影は半手揺らす」旅人が囁く。

「覚えた」ライラは影の温度を骨に刻んだ。


 作業の間、ミーナは火を使わない。黒石を布で抱き、木鉢の底に据える。布袋の水を手のひら一杯。“旅酵たびこう”を指の腹だけ落とし、焙り麦の粉をひとつまみ、鐘粉を爪の先だけ。塩は影。香草は粉。

「“月守りのすすり”。湯気は出さない。温いで止める」

 酸が短く跳ね、夜の香が柔らかく混ざる。カイがひと口すすり、頬の力を落とす。「軽いのに、腹に柱が立つ」

 商人は目尻で笑みを置き、「歩幅を稼ぐ味だ」と短く言った。


 丘の岩に古い藍の点がかすかに残っていた。粒は細い。だが光の反射に紛れて見えない。代わりに、月光と風の拍が“話す”。

「粉の囁きは沈む。舌は月」ライラが影を踏んだ。

「濡れ布の揺れ、なし。目は遠い」カイが肩を切った。「輪になる前に抜ける」


 旅人が銀色の月片をミーナに渡した。「器に沈めれば香が満ちる」

「受け取ります。鐘片と重ねる」ミーナが布に包んだ。


 正午ならぬ深夜前、丘の陰で短い休止。火は使わず、“月守りの薄”を裂き、銀粉を指の腹だけ散らして押し戻す。香草は粉。塩は影。

「噛まずに舌で広げる。息が鎮まる」ミーナが配る。

 バルドが頬に寝かせ、静かにうなずいた。


 夜半、風がいっそう静まったころ、遠い肩で黒い点が一度だけ揺れて消えた。鏡ではない。濡れ布でもない。目はいるが、舌は遠い。

「月は眠った。耳は届かない」ライラが囁く。

「良い。歩幅は揃える」ヴォルクは隊列を二列に伸ばし、御者台へ親指を立てた。「合図は指で足りる」


 深夜、帆布を張る。灯は一つ。影は増やさない。増やす必要のない夜だ。器に月片を沈め、“薄り”を温いまで起こす。湯気は出ない。酸が喉をやさしく撫で、胸の“種”が息を継いだ。

 御者台で商人が短く書く。「本日の勘定:蒼月の宿営地、影揺らし、月片。歩幅、維持」

「紙は腹にならないが、腹は紙を運ばせる」ヴォルクの言葉に、月がひときわ強く照り返した。


 星が出る。光は静まり、道は前へ延びている。

読了感謝。ブクマ・評価が次の筆の燃料になります。

“月の夜”や“静かな光”で思い出す風景があれば、一つ教えてください。また明日。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ