表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
饗狼傭兵団戦記 〜腹を満たすまで〜  作者: 影道AIKA


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

84/97

第084話 蒼紋の町

立ち寄ってくれてありがとう。深呼吸をひとつ、今日の体と心を整えていこう。

更新は毎日11:00予定。無理なく、淡々と。

黒凪の平原を越えた先に、淡い音が戻ってきた。風がゆっくりと流れ、人の声が遠くから響く。“蒼紋そうもんの町”。壁も屋根も青い線で刻まれ、陽を受けるたびに光が流れるように動いた。帆布は低く、荷は締めて。合図は指で足りる。

「塵あり。鏡あり。……音が戻ってきた」カイが微笑む。

「凪も雫も過ぎた。今日は人の声が舌」ライラが通りを歩きながら、地に描かれた紋様を見つめた。


 門の傍に、青い衣を纏った女が立っていた。腰紐に藍はない。掌には細い筆と染料が握られている。

「夜になると線が迷う。朝に塗り直せば戻る。……通るなら、ひと筆だけ描いていって」

 ヴォルクは頷き、御者台の商人に視線を送る。「借りる腹は返す足で」

 バルドが筆を受け取り、ライラが石畳にひと筋線を引いた。風がわずかに鳴き、町の音が整う。

「谷へ二、丘へ一。線は半手引く」女が囁く。

「覚えた」ライラは筆先に残る香を骨に刻んだ。


 作業の間、ミーナは火を使わない。黒石を布で抱き、木鉢の底に据える。布袋の水を手のひら一杯。“旅酵たびこう”を指の腹だけ落とし、焙り麦の粉をひとつまみ、黒粉を爪の先だけ。塩は影。香草は粉。

「“紋守りのすすり”。湯気は出さない。温いで止める」

 酸が短く跳ね、染料の匂いと溶け合う。カイがひと口すすり、頬の力を落とす。「軽いのに、腹に柱が立つ」

 商人は目尻で笑みを置き、「歩幅を稼ぐ味だ」と短く言った。


 通りの壁に古い藍の点がかすかに残っていた。粒は細い。だが線に隠れて見えない。代わりに、風の流れと筆の軌跡が“話す”。

「粉の囁きは沈む。舌は線」ライラが指で描かれた紋をなぞる。

「濡れ布の揺れ、なし。目は遠い」カイが肩を切った。「輪になる前に抜ける」


 女が小瓶をミーナに渡した。中には青い染料が沈んでいる。「器に垂らせば味が整う」

「受け取ります。杯と重ねる」ミーナが布に包んだ。


 正午前、町の裏手で短い休止。火は使わず、“紋守りの薄”を裂き、染粉を指の腹だけ散らして押し戻す。香草は粉。塩は影。

「噛まずに舌で広げる。息が軽くなる」ミーナが配る。

 バルドが頬に寝かせ、静かにうなずいた。


 午後、町を抜けるころ、遠い肩で黒い点が一度だけ揺れて消えた。鏡ではない。濡れ布でもない。目はいるが、舌は遠い。

「紋は眠った。耳は届かない」ライラが囁いた。

「良い。歩幅は揃える」ヴォルクは隊列を二列に伸ばし、御者台へ親指を立てた。「合図は指で足りる」


 夕刻、町を背に帆布を張る。灯は一つ。影は増やさない。増やす必要のない夜だ。器に染料の滴を落とし、“薄り”を温いまで起こす。湯気は出ない。酸が喉をやさしく撫で、胸の“種”が息を継いだ。

 御者台で商人が短く書く。「本日の勘定:蒼紋の町、線描き、染料。歩幅、維持」

「紙は腹にならないが、腹は紙を運ばせる」ヴォルクの言葉に、町の光が一度だけ揺れた。


 星が出る。音は静まり、道は前へ延びている。

読了感謝。ブクマ・評価が次の筆の燃料になります。

“町の音”や“模様のある街並み”にまつわる記憶があれば、一つ教えてください。また明日。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ