表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
饗狼傭兵団戦記 〜腹を満たすまで〜  作者: 影道AIKA


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

82/194

第082話 蒼雫の峡谷

立ち寄ってくれてありがとう。深呼吸をひとつ、今日の体と心を整えていこう。

更新は毎日11:00予定。無理なく、淡々と。

紅火の段丘を越えた先で、風が冷たくなった。岩の隙間から水が滴り落ち、音が幾重にも重なっている。“蒼雫そうだくの峡谷”。壁は濡れ、空気は澄んでいた。帆布は低く、荷は締めて。合図は指で足りる。

「塵なし。鏡あり。……水の匂い」カイが掌を広げた。雫が弾き、皮膚に残った。

「火も灰も過ぎた。今日は雫が舌」ライラが壁際に寄り、水の流れを指でなぞる。


 峡谷の中央に、膝まで水に浸かった若い男がいた。腰紐に藍はない。両手で石鉢を支え、その中には光る雫が溜まっている。

「夜になると雫が歌う。風を通せば眠る。……通るなら、息でひと粒吹いてやってくれ」

 ヴォルクは頷き、御者台の商人に視線を送る。「借りる腹は返す足で」

 バルドが石を支え、ライラがそっと息を吹いた。水面が一瞬震え、音が沈んだ。

「谷へ二、丘へ一。息は半手吹く」男が囁く。

「覚えた」ライラは雫の音を骨に刻んだ。


 作業の間、ミーナは火を使わない。黒石を布で抱き、木鉢の底に据える。布袋の水を手のひら一杯。“旅酵たびこう”を指の腹だけ落とし、焙り麦の粉をひとつまみ、赤石粉を爪の先だけ。塩は影。香草は粉。

「“雫守りのすすり”。湯気は出さない。温いで止める」

 酸が短く跳ね、湿りが香りに溶けた。カイがひと口すすり、頬の力を落とす。「軽いのに、腹に柱が立つ」

 商人は目尻で笑みを置き、「歩幅を稼ぐ味だ」と短く言った。


 峡谷の壁に古い藍の点がかすかに残っていた。粒は細い。だが水滴に滲んで見えない。代わりに、滴の連なりと音の間が“話す”。

「粉の囁きは沈む。舌は雫」ライラが掌で壁を撫でる。

「濡れ布の揺れ、なし。目は遠い」カイが肩を切った。「輪になる前に抜ける」


 男が透明な石をミーナに渡した。「器に沈めれば香りが澄む」

「受け取ります。赤石と重ねる」ミーナが布に包んだ。


 正午前、峡の影で短い休止。火は使わず、“雫守りの薄”を裂き、水粉を指の腹だけ散らして押し戻す。香草は粉。塩は影。

「噛まずに舌で広げる。喉が透く」ミーナが配る。

 バルドが頬に寝かせ、静かにうなずいた。


 午後、峡を抜けるころ、遠い肩で黒い点が一度だけ揺れて消えた。鏡ではない。濡れ布でもない。目はいるが、舌は遠い。

「雫は眠った。耳は届かない」ライラが囁いた。

「良い。歩幅は揃える」ヴォルクは隊列を二列に伸ばし、御者台へ親指を立てた。「合図は指で足りる」


 夕刻、峡を背に帆布を張る。灯は一つ。影は増やさない。増やす必要のない夜だ。器に透明石を沈め、“薄り”を温いまで起こす。湯気は出ない。酸が喉をやさしく撫で、胸の“種”が息を継いだ。

 御者台で商人が短く書く。「本日の勘定:蒼雫の峡谷、息吹き、透明石。歩幅、維持」

「紙は腹にならないが、腹は紙を運ばせる」ヴォルクの言葉に、雫の音が遠くで重なった。


 星が出る。水は静まり、道は前へ延びている。

読了感謝。ブクマ・評価が次の筆の燃料になります。

“水滴”や“洞窟の音”で思い出す景色があれば、一つ教えてください。また明日。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ