第008話 商人との別れ
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夜が薄れ、港町の屋根の端から朝の光がこぼれ始めた。裏門近くの石畳には、荷馬車の影が伸びている。荷台には布包みと樽、そして干した魚の束。商人は外套の襟を立て、息で手を温めながら笑った。
「助かったよ。あんたらがいなきゃ、荷は途中で鳥に化けてただろうね」
ヴォルクは短く頷き、受領書に印を押す。金貨は音を立てずに袋へ沈み、代わりに硬い黒パンと塩漬け魚が革袋で差し出された。
「現物の礼だ」商人が肩をすくめる。「南へ行く気なら、朝のうちに門を抜けるといい。衛兵の見回りが緩む時間がある」
「情報は金より助かる」ライラが受け取り、包丁で魚を薄く裂いた。香りの強い塩気が朝の冷気を押し返す。
ミーナは硬パンを割り、裂いた魚の汁で表面を湿らせてから齧った。「ん……歯が折れそう。でも、うまい」
「歯が折れたら休める口実ができる」バルドが笑い、魚の端を齧る。「塩が腹を起こす。歩ける味だ」
カイは荷馬車の輪に腰をかけ、弓弦を指で鳴らす。軽い音が朝に溶けた。「次の道は?」
「道は道に聞け、ってな」ヴォルクは視線だけで門番の足取りと交代時刻を測る。「腹を満たせる方角に進む」
商人は手綱を握り直し、少し真面目な顔になった。「戦は近い。どこであれ、腹が減ってる者に商売は向くが……命が減るのは割に合わない。気をつけな」
「あんたもな」ライラが軽く指を立てる。「欲張らないこと、引き際を間違えないこと」
「それは商売の秘訣だ」商人は笑い、馬に口笛を吹いた。車輪がきしみ、荷馬車は朝霧の向こうにゆっくりと動き出す。
ミーナが手を振る。「また会いましょう!今度はちゃんとした料理を」
「そのときは金額に料理代も上乗せだな」バルドが豪快に笑い、硬パンの欠片を空へ放った。欠片は弧を描いて、彼の掌に正確に戻る。
荷馬車の背が角を曲がって見えなくなると、石畳に残ったのは塩とパンの香りだけだった。ヴォルクは革袋の重みを確かめ、短く言う。
「歩くぞ。朝のうちに片づけたいことがある」
「了解」ライラは外套の襟を正し、足早に先へ出る。
カイは弓を背負い直し、風向きを確かめる。「北東。音は遠くへ流れる」
ミーナは小走りで追いつき、パンの最後の欠片を口に入れた。「冷めても、覚える味ですね」
「腹で覚えたものは忘れない」ヴォルクは一歩を踏み出す。「それが俺たちの地図だ」
朝の光が門扉を洗い、饗狼傭兵団は静かに街を後にした。
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