第079話 蒼雷の丘
立ち寄ってくれてありがとう。深呼吸をひとつ、今日の体と心を整えていこう。
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煉灰の宿を出て北の道を登ると、空が鳴っていた。雲が裂け、稲光が丘を這う。“蒼雷の丘”。草は焦げ、空気には鉄の匂い。遠雷が腹に響く。帆布は低く、荷は締めて。合図は指で足りる。
「塵あり。鏡あり。……風が焦げてる」カイが息を止める。
「灰も砂も過ぎた。今日は雷が舌」ライラが耳を傾け、音の間を読む。
丘の頂に、黒い外套をまとった青年が立っていた。腰紐に藍はない。掌に鉄の棒を持ち、空に向けて掲げている。
「雲が鳴く夜は、地が応える。……通るなら、棒をひと息の間だけ掲げてくれ」
ヴォルクは頷き、御者台の商人に目を送る。「借りる腹は返す足で」
バルドが棒を受け取り、ライラが空に掲げた。雷鳴が腹を震わせたが、すぐに音が遠のく。
「谷へ二、丘へ一。棒は半手上げる」青年が囁く。
「覚えた」ライラは指の震えを骨に刻んだ。
作業の間、ミーナは火を使わない。黒石を布で抱き、木鉢の底に据える。布袋の水を手のひら一杯。“旅酵”を指の腹だけ落とし、焙り麦の粉をひとつまみ、灰粉を爪の先だけ。塩は影。香草は粉。
「“雷守りの薄り”。湯気は出さない。温いで止める」
酸が短く跳ね、焦げた匂いが混ざる。カイがひと口すすり、頬の力を落とす。「軽いのに、腹に柱が立つ」
商人は目尻で笑みを置き、「歩幅を稼ぐ味だ」と短く言った。
丘の根に古い藍の点がかすかに残っていた。粒は細い。だが焼け跡に沈んで見えない。代わりに、雷鳴と風の反響が“話す”。
「粉の囁きは沈む。舌は雷」ライラが棒を握る。
「濡れ布の揺れ、なし。目は遠い」カイが肩を切った。「輪になる前に抜ける」
青年が小さな磁石片をミーナに渡した。「器に沈めれば味が立つ」
「受け取ります。陶片と重ねる」ミーナが布に包んだ。
正午前、丘の陰で短い休止。火は使わず、“雷守りの薄”を裂き、鉄粉を指の腹だけ散らして押し戻す。香草は粉。塩は影。
「噛まずに舌で広げる。音が整う」ミーナが配る。
バルドが頬に寝かせ、静かにうなずいた。
午後、雷鳴が遠のくころ、丘の端で黒い点が一度だけ揺れて消えた。鏡ではない。濡れ布でもない。目はいるが、舌は遠い。
「雷は眠った。耳は届かない」ライラが囁く。
「良い。歩幅は揃える」ヴォルクは隊列を二列に伸ばし、御者台へ親指を立てた。「合図は指で足りる」
夕刻、丘を背に帆布を張る。灯は一つ。影は増やさない。増やす必要のない夜だ。器に磁石片を沈め、“薄り”を温いまで起こす。湯気は出ない。酸が喉をやさしく撫で、胸の“種”が息を継いだ。
御者台で商人が短く書く。「本日の勘定:蒼雷の丘、棒掲げ、磁片。歩幅、維持」
「紙は腹にならないが、腹は紙を運ばせる」ヴォルクの言葉に、雷鳴が遠くで小さく返した。
星が出る。風は沈み、道は前へ延びている。
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“雷鳴”や“空の光”で思い出す情景があれば、一つ教えてください。また明日。




