第077話 蒼鉄の門
立ち寄ってくれてありがとう。深呼吸をひとつ、今日の体と心を整えていこう。
更新は毎日11:00予定。無理なく、淡々と。
蒼砂の砦を過ぎたあと、地が硬くなった。砂は石に変わり、風は金属を叩くような音を立てて吹く。“蒼鉄の門”。二つの岩が噛み合うように聳え、陽光を跳ね返して眩しい。帆布は低く、荷は締めて。合図は指で足りる。
「塵あり。鏡あり。……鉄の匂い」カイが鼻をすする。
「砂も霜も過ぎた。今日は門が舌」ライラが掌で岩肌を触れた。冷たいが、内に熱を感じた。
門の根元に、黒鉄の鍋を抱えた女が一人。腰紐に藍はない。腕には焼け跡があり、指は煤にまみれている。
「夜になると門が鳴る。火を通せば静まる。……通るなら、鉄の粉を落としていけ」
ヴォルクは頷き、御者台の商人に目を送る。「借りる腹は返す足で」
バルドが袋から粉を掬い、ライラが門の根に落とす。風が止まり、金属音が遠のく。
「谷へ二、丘へ一。粉は半手落とす」女が囁く。
「覚えた」ライラは鉄の匂いを骨に刻んだ。
作業の間、ミーナは火を使わない。黒石を布で抱き、木鉢の底に据える。布袋の水を手のひら一杯。“旅酵”を指の腹だけ落とし、焙り麦の粉をひとつまみ、砂粉を爪の先だけ。塩は影。香草は粉。
「“鉄守りの薄り”。湯気は出さない。温いで止める」
酸が短く跳ね、鉄の香がやさしく混じる。カイがひと口すすり、頬の力を落とす。「軽いのに、腹に柱が立つ」
商人は目尻で笑みを置き、「歩幅を稼ぐ味だ」と短く言った。
門の礎に古い藍の点がかすかに残っていた。粒は細い。だが錆に埋もれて見えない。代わりに、鉄の鳴きと風の呼吸が“話す”。
「粉の囁きは沈む。舌は鉄」ライラが鉄門を掌で撫でた。
「濡れ布の揺れ、なし。目は遠い」カイが肩を切った。「輪になる前に抜ける」
女が指先ほどの鉄片をミーナに渡した。「器に沈めれば熱が落ち着く」
「受け取ります。砂片と重ねる」ミーナが布に包んだ。
正午前、門の影で短い休止。火は使わず、“鉄守りの薄”を裂き、鉄粉を指の腹だけ散らして押し戻す。香草は粉。塩は影。
「噛まずに舌で広げる。力が残る」ミーナが配る。
バルドが頬に寝かせ、静かにうなずいた。
午後、門を抜けるころ、遠い肩で黒い点が一度だけ揺れて消えた。鏡ではない。濡れ布でもない。目はいるが、舌は遠い。
「門は眠った。耳は届かない」ライラが囁く。
「良い。歩幅は揃える」ヴォルクは隊列を二列に伸ばし、御者台へ親指を立てた。「合図は指で足りる」
夕刻、門を背に帆布を張る。灯は一つ。影は増やさない。増やす必要のない夜だ。器に鉄片を沈め、“薄り”を温いまで起こす。湯気は出ない。酸が喉をやさしく撫で、胸の“種”が息を継いだ。
御者台で商人が短く書く。「本日の勘定:蒼鉄の門、粉落とし、鉄片。歩幅、維持」
「紙は腹にならないが、腹は紙を運ばせる」ヴォルクの言葉に、門の影が静かに沈んだ。
星が出る。風は止み、道は前へ延びている。
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“鉄の匂い”や“古い門”にまつわる情景があれば、一つ教えてください。また明日。




