第006話 ヴァルデン王国の影
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夕刻、港町を離れた街道は小麦色の草原に溶けて、陽が落ちると同時に風だけが残った。焚き火を囲む饗狼傭兵団は、いつものように固い黒パンを割り、煮込みの順番を待っている。
その輪から少し離れた屋台で、ミーナが両手をほくほくさせて戻ってきた。「ね、ね、今日は奮発して買ったの。王都風のチーズ蜂蜜パン!」
焼きたての生地に濃いチーズをのせ、蜂蜜を垂らしただけの一皿。香りが風に乗って団員の表情がほどける。
「甘いのかしょっぱいのか、どっちだ」バルドが眉を寄せる。
「両方です。ほら、元気になる味だから」ミーナが胸を張る。
ヴォルクは小さく頷き、一口。塩気の芯に、遅れて花のような甘みが追いかけてくる。「……悪くない。腹が覚える味だ」
笑いが戻ったところで、ライラが低い声で切り込んだ。「それ、三つ買った領収……じゃない、屋台の男から聞いた。昼間、兜を脱がない騎士団風の連中が町を嗅ぎ回ってたって」
風が止む。焚き火がはぜる音だけが近い。
「ヴァルデン王国の正規か?」ヴォルク。
「紋章は隠してた。けど、靴の泥の落とし方や背中の癖、軍営帰りの足取りだった。ついでに“狙撃手”の噂を尋ねていたそうよ」
全員の視線がカイへ。若手狙撃手は肩をすくめ、蜂蜜の糸を指で切った。「有名税、ってやつ?」
「税は払いたくねえが、面倒は買って出る性分でな」バルドが立ち上がる。
ライラは手早く布切れを広げ、町外れの路地図を描く。「明日の夜明け前、あの古井戸の裏で張る。もし本当にヴァルデンの影なら、こちらから“話”を用意する」
ヴォルクは残りのパンを二つに割って皆に回した。「聞け。俺たちは仕事で動く。腹を満たすために、だ。噂で剣は抜かない。まずは尻尾を掴む」
カイが頷き、弓弦を軽く鳴らす。「風は東寄り、夜明けは遅い。蜂蜜の匂いはもう消えた。行けるよ」
ミーナは皿を両手で抱えたまま、少しだけ不安げに問う。「敵、なのかな」
ヴォルクは焚き火越しに目を細める。「敵か味方か――決めるのは、あっちの腹具合だ」
夜は静かに深まり、焚き火の赤が、彼らの影を長くしていった。
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