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饗狼傭兵団戦記 〜腹を満たすまで〜  作者: 影道AIKA


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第054話 黄塵の丘

立ち寄ってくれてありがとう。深呼吸をひとつ、今日の体と心を整えていこう。

更新は毎日11:00予定。無理なく、淡々と。

青苔の谷を抜けてしばらく進むと、土の色が変わり、丘の肩が黄色く霞んでいた。乾いた砂と土が細かく混じり、風が吹けば舞い上がる。“黄塵こうじんの丘”。帆布は低く、荷は締めて。合図は指で足りる。

「塵が軽い。鏡はなし。……舌に粉のざらつき」カイが鼻で風を撫でた。

「耳は眠り、苔も過ぎた。今日は塵の流れが舌」ライラが掌で土をすくい、崩れ方を見た。


 丘の影に、布で顔を覆った塵払いの二人。腰紐に藍はなく、指先は黄に染まっている。彼らは風下を顎で示し、短く言った。

「夜は塵が鳴く。風の道を崩せば静かになる。……通るなら、一筋だけ潰して」

 ヴォルクは頷き、御者台の商人に目を送った。「借りる腹は返す足で」

 バルドが斧の背で溝を切り、ライラは土を半手だけ崩して寝かせた。舞い上がる粉が低く鳴き、やがて沈んだ。

「谷へ二、丘へ一。塵は半手崩す」塵払いが囁いた。

「覚えた」ライラは掌に粉を残し、骨に刻んだ。


 作業の間、ミーナは火を使わない。黒石を布で抱いて木鉢の底に据え、布袋の水を手のひら一杯。“旅酵たびこう”を指の腹だけ落とし、焙り麦の粉をひとつまみ、白粒を爪の先だけ。塩は影。香草は粉。

「“黄塵のすすり”。湯気は出さない。温いで止める」

 酸が短く跳ね、すぐ落ち着く。カイがひと口すすり、頬の力を落とす。「軽いのに、腹に柱が立つ」

 商人は目尻で笑みを置き、「歩幅を稼ぐ味だ」と短く言った。


 丘の斜面に古い藍の点がかすかに残っていた。粒は細いが、塵に埋もれて読めない。代わりに、土の崩れと塵の流れが“話す”。

「粉の囁きは沈む。舌は塵」ライラが溝を指でなぞる。

「濡れ布の揺れ、なし。目は遠い」カイが肩を切った。「輪になる前に抜ける」


 塵払いが掌大の黄土を一片、ミーナに渡した。「器に敷けば、熱をやさしく回す」

「受け取ります。砂や灰と重ねる」ミーナが布に包んだ。


 正午前、丘の陰で短い休止。火は使わず、“黄塵の薄”を裂き、黄土を指の腹だけ散らして押し戻す。香草は粉。塩は影。

「噛まずに舌で広げる。喉が水を欲しがらない」ミーナが配る。

 バルドが頬に寝かせ、静かにうなずいた。


 午後、丘を越えるころ、遠い肩で黒い点が一度だけ揺れて消えた。鏡ではない。濡れ布でもない。目はいるが、舌は遠い。

「塵は眠った。耳は届かない」ライラが囁いた。

「良い。歩幅は揃える」ヴォルクは隊列を二列に伸ばし、御者台へ親指を立てた。「合図は指で足りる」


 夕刻、丘を背に帆布を張る。灯は一つ。影は増やさない。増やす必要のない夜だ。器に黄土を敷き、“薄り”を温いまで起こす。湯気は出ない。酸が喉をやさしく撫で、胸の“種”が息を継いだ。

 御者台で商人が短く書く。「本日の勘定:黄塵の丘、風道崩し、黄土。歩幅、維持」

「紙は腹にならないが、腹は紙を運ばせる」ヴォルクの言葉に、塵が一筋だけ舞った。


 星が出る。丘は静かに眠り、道は前へ延びている。

読了感謝。ブクマ・評価が次の筆の燃料になります。

“土の匂い”で思い出す景色があれば、一つ教えてください。また明日。

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