第051話 赤砂の吹き溜まり
立ち寄ってくれてありがとう。深呼吸をひとつ、今日の体と心を整えていこう。
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黒岩の門を抜けて進むと、風が砂を巻き上げる一帯に入った。赤く細かな粒が地面を覆い、足裏でざらりと鳴る。“赤砂の吹き溜まり”。帆布は低く、荷は締めて。合図は指で足りる。
「塵は舞う。鏡はなし。……舌に砂の味」カイが唇を拭った。
「耳も影も届かない。今日は砂そのものが舌」ライラが足元を爪先で蹴り、崩れ方を見た。
砂丘の影に、布を顔に巻いた砂守が一人。腰紐に藍はなく、掌は赤く染まっている。彼は風上を顎で示し、声を潜めた。
「夜になると砂が唄う。溝を作って流れを逃がせば静まる。……通るなら、ひと筋だけ掘ってくれ」
ヴォルクは短く頷き、御者台の商人に目をやった。「借りる腹は返す足で」
バルドが斧の背で溝を切り、ライラは砂を掌で押さえて角度を半手寝かせた。砂は低く鳴き、やがて沈んだ。
「谷へ二、丘へ一。砂は半手遅らせる」砂守が囁いた。
「覚えた」ライラは掌で砂を払った。
作業の間、ミーナは火を使わない。黒石を布に抱き、木鉢の底へ置く。布袋の水を手のひら一杯。“旅酵”を指の腹だけ落とし、焙り麦の粉をひとつまみ、草種を爪の先ほど。塩は影。香草は粉。
「“砂守りの薄り”。湯気は出さない。温いで止める」
酸が短く跳ね、すぐ落ち着く。カイがひと口すすり、頬の力を落とした。「軽いのに、腹に柱が立つ」
商人は目尻に笑みを置き、「歩幅を稼ぐ味だ」と短く言った。
砂丘の縁に古い藍の点がかすかに残っていた。粒は細いが、砂に埋もれて読めない。代わりに、溝の流れと砂の唄が“話す”。
「粉の囁きは沈む。舌は砂」ライラが溝を指でなぞる。
「濡れ布の揺れ、なし。目は遠い」カイが肩を切った。「輪になる前に抜ける」
砂守が掌大の赤砂を少し、袋に詰めてミーナに渡した。「器に敷けば、熱を均す」
「受け取ります。黒石と重ねる」ミーナは布に包んだ。
正午前、砂丘の陰で短い休止。火は使わず、“砂守りの薄”を裂き、赤砂を指の腹だけ散らして押し戻す。香草は粉。塩は影。
「噛まずに舌で広げる。喉が水を欲しがらない」ミーナが配る。
バルドが頬に寝かせ、静かにうなずいた。
午後、砂丘を越えるころ、遠い肩で黒い点が一度だけ揺れて消えた。鏡ではない。濡れ布でもない。目はいるが、舌は遠い。
「砂は眠った。耳は届かない」ライラが囁く。
「良い。歩幅は揃える」ヴォルクは隊列を二列に伸ばし、御者台へ親指を立てた。「合図は指で足りる」
夕刻、砂丘を背に帆布を張る。灯は一つ。影は増やさない。増やす必要のない夜だ。器の底に赤砂を敷き、“薄り”を温いまで起こす。湯気は出ない。酸が喉をやさしく撫で、胸の“種”が息を継いだ。
御者台で商人が短く書く。「本日の勘定:赤砂の吹き溜まり、砂溝、赤砂。歩幅、維持」
「紙は腹にならないが、腹は紙を運ばせる」ヴォルクの言葉に、砂がひと筋だけ風に舞った。
星が出る。砂は静かに眠り、道は前へ延びている。
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“砂”で連想する食べ物や飲み物があれば、一つ教えてください。また明日。




