第050話 黒岩の門
立ち寄ってくれてありがとう。深呼吸をひとつ、今日の体と心を整えていこう。
更新は毎日11:00予定。無理なく、淡々と。
白土の坂を背にすると、黒い岩が肩を並べて立ちはだかった。天に届くほどではないが、人の背を三つ重ねた高さの岩が左右に割れ、狭い通路を作っている。“黒岩の門”。帆布は低く、荷は締めて。合図は指で足りる。
「塵なし。鏡なし。……石粉の匂い」カイが指で岩肌をなぞる。粉が白く残る。
「耳は坂で終い。今日は裂け目が舌」ライラが岩の隙を測った。
門の入口に、腰に紐だけ巻いた岩掘りの二人。藍はなく、掌は黒く、爪の隙間に粉が詰まっている。彼らは岩の隙間を顎で示した。
「夜にここを通ると、風が鳴る。裂け目を石で噛ませておけば黙る。……通るなら、ひとつ手を貸して」
ヴォルクは短く頷き、御者台の商人に視線を送った。「借りる腹は返す足で」
バルドが石を運び、ライラは裂け目に半手だけ押し込む。音が鈍くなり、風の鳴きは沈んだ。
「谷へ二、丘へ一。裂け目は寝かせる」岩掘りが囁く。
「覚えた」ライラは掌で石を押さえ、骨に刻んだ。
作業の間、ミーナは火を使わない。黒岩を布で抱いて木鉢に据え、布袋の水を手のひら一杯。“旅酵”を指の腹だけ落とし、焙り麦の粉をひとつまみ、草種を爪の先ほど。塩は影。香草は粉。
「“門潜りの薄り”。湯気は出さない。温いで止める」
酸が短く跳ね、すぐ落ち着く。カイがひと口すすり、頬の力を落とす。「軽いのに、腹に柱が立つ」
商人は目尻に笑みを置き、「歩幅を稼ぐ味だ」とだけ。
岩肌の影に古い藍の点がかすかに残っていた。粒は細い。だが粉と影で読めない。代わりに、裂け目の広がりと風の鳴きが“話す”。
「粉の囁きは眠る。舌は裂け目」ライラが石を撫でる。
「濡れ布の揺れ、なし。目は遠い」カイが肩を切る。「輪になる前に抜ける」
岩掘りが掌大の黒石を一つ、ミーナに渡した。「熱を長く持つ。器の底で息を支える」
「受け取ります。灰や蝋と重ねる」ミーナが布に包んだ。
正午前、岩陰で短い休止。火は使わず、“門潜りの薄”を裂き、干し果実の粉を爪の先ほど散らす。香草は粉。塩は影。
「噛まずに舌で広げる。水を欲しがらない」ミーナが配る。
バルドが頬に寝かせ、静かにうなずいた。
午後、門を抜けるころ、遠い肩で黒い点が一度だけ揺れて消えた。鏡ではない。濡れ布でもない。目はいるが、舌は遠い。
「裂け目は塞いだ。耳は届かない」ライラが囁く。
「良い。歩幅は揃える」ヴォルクは隊列を二列に伸ばし、御者台へ親指を立てた。「合図は指で足りる」
夕刻、門を背に帆布を張る。灯は一つ。影は増やさない。増やす必要のない夜だ。器の底に黒石を敷き、“薄り”を温いまで起こす。湯気は出ない。酸が喉をやさしく撫で、胸の“種”が息を継いだ。
御者台で商人が短く書く。「本日の勘定:黒岩の門・裂け目の封・黒石。歩幅、維持」
「紙は腹にならないが、腹は紙を運ばせる」ヴォルクの言葉に、岩がひとつ低く鳴いた。
星が出る。門は遠ざかり、道は前へ延びている。
読了感謝。ブクマ・評価が次の筆の燃料になります。
“門”と聞いて思い出す景色があれば、一つ教えてください。また明日。




