第005話 飯番ミーナの悲劇
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昼を過ぎた風は冷たく、土の匂いが薄く乾いていた。小競り合いの名残で鎧の留め具は泥にまみれ、靴底には凍りかけの草がこびり付いている。
川沿いを北上する途中、ヴォルクは立ち止まり、前方の木立を指差した。
「ここで一息。木立が風よけになる。周囲の警戒は怠るな」
バルドとカイが無言で散り、ライラは丘の上を見張る。寒風が頬を刺し、金属音がかすかに響いた。
輪の中心に空いた地面に薪を組み、火が上がる。ミーナが前掛けを結び直し、鉄鍋を置いた。荷から取り出されたのは干からびた根菜、少しの塩、そして布袋に入った刻み草。
「その草は?」
ライラが目を細める。
「香りをつける野草。村はずれで摘んでおいたの。少し入れるだけで味が締まるはず」
鍋に水を注ぎ、根菜を厚めに切って放り込み、塩を指先で落とす。湯気は素っ気ない。そこにミーナが刻み草を――思い切り入れた。
湯気の香りが変わる。土っぽさに混じる青臭さ、ほんの少しの甘み……のはずが、鼻を刺すような鋭い匂いへ傾いた。
「おい、ちょっと強くねえか、その草」
バルドが眉を寄せる。ミーナは木匙で鍋を回し、笑ってごまかした。
「煮れば丸くなるから。きっと」
だが鍋の表面に淡い泡が集まり、全体が深い色へと沈む。根菜は柔らかく、干し肉も加わって見た目は悪くない――匂いを除けば。
器に取り分け、全員がそろって口をつけた。
「……っ」
一口目は草の香り。二口目で苦みが舌の奥に残る。わずかに根菜の甘みと干し肉の出汁が追いかけるが、追いつけない。
「うむ……これは、兵の足を止める威力があるな」
ヴォルクが真顔でうなずく。
「毒じゃねえのか?」
「毒なら、もう倒れてる」
ライラは水袋を回しながら、無表情のまま器を空にした。カイは目を潤ませ、両頬を扇いでいる。
「舌がしびれる……けど、腹は温まる……悔しい……」
ミーナは肩を落とし、鍋の縁を見つめた。
「ごめん……。次は、ちゃんと計る」
「ミーナの失敗は、戦の糧だ」
ヴォルクが空の器を差し出した。
「草は半分に。いや、四分の一だな。味は薄くても、生き延びる方が先だ」
火のそばで、バルドが布袋の残り草を鼻に近づけた。目をしかめ、手を引っこめる。
「この草、ザルツの坑夫が“舌切り草”って呼んでたやつだ。疲れには効くが、入れすぎると苦みで喉が締まる」
「先に言ってよ!」
ミーナの抗議に、バルドは肩をすくめる。
「言う前に鍋に飛び込んだのは誰だ」
残りを水でのばし、塩をひとつまみ追加すると、湯気は少し柔らかくなった。
「……飲める」
ライラが短く言い、器を返す。カイも続く。
「今度は“しぶい”から“ほろ苦い”になった。大人の味ってやつだ」
「お前、さっき泣いてただろ」
バルドが笑い、輪の中の空気がやわらぐ。冷たい風も湯気に押し返されるようだった。
薄い雲が西へ流れる。ヴォルクは地図を膝に広げ、指で次の町へ線を引いた。
「ここから半日の距離に集落がある。食料と情報を買う。草は……店で聞いてからにしろ」
「はい」
ミーナは小さくうなずき、鍋底をさらった。最後の一匙は、たしかに温かかった。
火を落とし、荷をまとめる。歩き出す前、ライラがふと振り返った。木立の間、遠くの道に旅人の背がひとつ。風に流れる外套の影が、どこか落ち着かない形を作っている。
彼女は短く息を吐き、前を向いた。
「行こう。次は、もっと食べられる味にしよう」
ミーナは「がんばる」と短く答え、鍋の紐を握り直した。狼たちは列を組み、北へ歩き出す。吐く息は白いが、胃の底はまだ温かかった。
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