第047話 枯木の影
立ち寄りありがとう。深呼吸をひとつ、今日の体と心を整えていこう。
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草耳の仕舞いを背に、道はさらに乾き、黒ずんだ枯木が十数本、肩を寄せ合って立っていた。枝は折れ、影だけが地に長く伸びている。“枯木の影”は旅人にとって避け場所であり、同時に目印でもあった。帆布は低く、荷は締めて。合図は指で足りる。
「塵なし。鏡なし。……木の匂いも薄い」カイが鼻で風を撫でる。
「舌は粉でも草でもない。今日は影そのもの」ライラが枝の伸びを測った。
根元に腰掛ける男が一人。腰紐に藍はない。膝には砥石、脇に小刀。彼は折れた枝を削りながら顎で上を示した。
「枝が唄うと、夜に目を呼ぶ。折れ口を削って眠らせれば静かになる。……通るなら、一本だけ削ってくれ」
ヴォルクは短く頷き、御者台の商人に視線を送る。「借りる腹は返す足で」
バルドが折れ枝を押さえ、ライラが小刀を受け取って口を半手だけ斜めに削ぐ。木は低く軋み、やがて黙った。
「谷へ二、丘へ一。影は半手遅れで読む」男が囁く。
「覚えた」ライラは掌で切り口を押さえ、骨に角度を刻んだ。
作業の間、ミーナは火を使わない。陽石を布で包んで木鉢に据え、胸の“旅酵”を指の腹だけ落として布袋の水を手のひら一杯。焙り麦の粉をひとつまみ、草の種を爪の先ほど。塩は影。香草は揉んで粉。
「“影守りの薄り”。湯気は立てない。温いで止める」
酸の香りが短く跳ね、すぐ落ち着く。カイがひと口すすり、頬の力を落とした。「軽いのに、腹に柱が立つ」
商人は目尻に笑みを置き、「歩幅を稼ぐ味だ」とだけ。
枯木の影の根に、古い藍の点がかすかに残っていた。粒は細いが、木の粉で半分は読めない。代わりに、影の伸びと枝の向きが“話す”。
「粉の囁きは沈む。影の線で読む」ライラが地の影を撫でる。
「濡れ布の揺れ、なし。目は遠い」カイが肩を切る。「輪になる前に抜ける」
男が砥石をミーナに差し出した。「小さくても熱を持つ石だ。器の底に敷けば、冷たさを殺せる」
「受け取ります。夜の息を長くする」ミーナが笑みを目尻に置き、砥石を布に包んだ。
正午前、短い休止。火は使わず、“影守りの薄”を裂き、草の種を指で散らして押し戻す。香草は粉。塩は影。
「噛まずに舌で広げる。眠りが早く来る」ミーナが配る。
バルドが頬に寝かせ、静かにうなずいた。
午後、草の背がさらに低く、枯木が二本、影を細く伸ばす。角度は谷へ二、丘へ一。藍の点は見えない。
「耳も粉も影も仕舞い。次は石か水」ライラが呟く。
「歩幅は揃える」ヴォルクは隊列を二列に伸ばし、御者台へ親指を立てた。「合図は指で足りる」
夕刻、枯木の影を背に帆布を張る。灯は一つ。影は増やさない。増やす必要のない夜だ。器の底に砥石を置き、息の薄を温いまで起こす。湯気は出ない。酸が喉を静かに撫で、胸の“種”が息を継いだ。
御者台で商人が短く書く。「本日の勘定:枯木の唄止め、影守りの薄、砥石。歩幅、維持」
「紙は腹にならないが、腹は紙を運ばせる」ヴォルクの言葉に、影がやさしく揺れた。
星が出る。枯木は黙り、道は前へ延びている。
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あなたの“眠りを助ける習慣”があれば一つ教えてください。また明日。




