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饗狼傭兵団戦記 〜腹を満たすまで〜  作者: 影道AIKA


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第046話 草耳の仕舞い

寄ってくれてありがとう。深呼吸をひとつ、今日の体と心を整えていこう。

更新は毎日11:00予定。無理なく、淡々と。

陽石の温もりを背に、草の背がさらに低くなった。丘の肩に草束の耳がいくつも立ち、二度結びで揺れている。結びの角度は谷へ二、丘へ一。これまでと同じことわりだが、今は集落を抜ける“仕舞い”の形。帆布は低く、荷は締めて。合図は指で足りる。

「塵なし。鏡なし。……草が唄わない」カイが耳を風に向けた。

「今夜で“耳”は仕舞い。――次から舌は別だ」ライラが結びの向きを指で追う。


 草の根元に、背を丸めた老人が一人。腰紐に藍はない。指先は草の粉で白くなっている。老人は倒れた耳を一本、手で直そうとしてこちらを見た。

「白風の癖で倒れたまま。直せば角度が揃う。……通るなら、一本だけ手を貸して」

 ヴォルクは頷き、御者台の商人に目をやる。「借りる腹は返す足で」

 バルドが根を掘り、ライラは縄を解き、二度結びを半手寝かせて締め直す。草が低く鳴き、揺れが収まった。

「谷へ二、丘へ一。耳はこれで仕舞い」老人が囁く。

「覚えた」ライラは結びを掌で押さえ、骨に刻んだ。


 作業の間、ミーナは火を使わない。黒石を掌で温め、“旅酵たびこう”を指の腹ほど落とし、布袋の水を指二本ぶん加えて薄を起こす。焙り麦の粉をひとつまみ、干し果実の粉を爪の先だけ。塩は影。香草は粉。

「“仕舞いの薄”。温いで止める。湯気は上げない」

 カイがひと口すすり、頬の力を落とす。「軽いのに、腹に柱が立つ」

 商人は目尻で笑い、「歩幅を稼ぐ味だ」とだけ。


 耳の列に、古い藍の点がかすかに残っていた。粒は細い。だが風で擦れて、読めるのは半分。代わりに、草耳の結びと揺れが“話す”。

「粉の囁きは薄い。耳の角度で仕舞う」ライラが縄を撫でる。

「濡れ布の揺れ、なし。目は遠い」カイが肩を切る。「輪になる前に抜ける」


 老人が小さな袋をミーナに渡した。中には草の種がひと握り。乾いて軽い。「煎れば香りが立つ。眠りを呼ぶが、喉は静かになる」

「夜の薄に添える」ミーナは受け取り、掌で温度を移した。


 正午前、浅い窪みに影を作って休止。火は使わず、朝の“仕舞いの薄”を裂き、草の種を指の腹だけ混ぜて押し戻す。香草は粉。塩は影。

「噛まずに舌で広げる。眠気で声を抑える」

 バルドが頬に寝かせ、目を細めてうなずいた。


 午後、丘の肩に草耳が最後の一列。二度結び、角度は谷へ二、丘へ一。辻の癖は残っていない。揺れはなく、音もない。

「これで耳は終い」ライラが囁く。

「次の舌は石か水か」カイが鼻で風を撫でる。

「良い。歩幅は揃える」ヴォルクは隊列を二列に伸ばし、御者台へ親指を立てた。「合図は指で足りる」


 夕刻、草耳の列を背にして帆布を張る。灯は一つ。影は増やさない。増やす必要のない夜だ。草の種の匂いが薄い眠りを誘い、胸の“種”は静かに息を続けている。

 御者台で商人が短く書く。「本日の勘定:草耳の仕舞い、仕舞いの薄、草種。歩幅、維持」

「紙は腹にならないが、腹は紙を運ばせる」ヴォルクの言葉に、草束が風に一度だけやさしく鳴いた。


 星が出る。耳は仕舞われ、道は前へ延びている。

読了感謝。ブクマ・評価が次の筆の燃料になります。

夜の休みに欠かせない“ちょっとした一品”があれば教えてください。また明日。

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