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饗狼傭兵団戦記 〜腹を満たすまで〜  作者: 影道AIKA


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第038話 露受けの谷

立ち寄ってくれてありがとう。

深呼吸をひとつ、今日の体と心を整えていこう。

更新は毎日11:00予定。無理なく、淡々と。

草束の耳が風でやさしく鳴り、丘の肩が一段低くなった。谷は浅く広がり、夜露を抱えやすい地形だ。草の穂は重く、指で弾けば水珠が揺れる。帆布は低く、荷は締めて。合図は指で足りる。

「塵なし。鏡なし。……湿りの匂い」カイが鼻で風を撫でた。

「露を借りられる。舌は灯でも粉でもなく、今朝は草だ」ライラが谷底の肩を測る。


 谷の入口に、草束の耳が二本。結びは二度、角度は半手遅れ――“遅れて来い”の合図。辻番の癖が残っている。ヴォルクは御者台の商人に目をやり、短く頷いた。

「借りる腹は、足と手で返す。――露の布を張る」

 バルドが帆布の端と草杭を結び、夜気を受ける角度に半手だけ寝かせる。ライラは草紐で端を張り、落ちる露が一筋に集まるよう、布の皺を指で撫でた。


 夜明け前の薄闇、帆布の角から雫が一滴二滴と木鉢へ落ちた。ミーナは黒石を掌で温め、雫を指の腹で集めて鉢に移す。焙った大麦を指先ほど、白い酸玉を爪の先だけ。塩は影。香草は揉んで粉だけ。

「露のすすり。湯まで上げない。温いで止める」

 湯気は立たない。香りだけが短く跳ね、喉の奥へ静かに落ちる。カイがひと口すすり、頬の力を落とした。「軽いのに、腹に柱が立つ」

 商人は目尻で笑い、帳面を開かずに頷いた。「歩幅を稼ぐ味だ」


 谷の反対側、草束の耳が一本だけ逆向きに寝ていた。二度結び、半手早い――“先に回れ”の印。辻の癖と混じっている。

「耳が混ざる。遅れと先回りが同居」ライラが結び目を指で撫で、角度を半手戻した。「見る者には、風に負けた倒れに見える」

「目はいるが、舌は遠い」カイが丘の肩を指で切る。「濡れ布の揺れ、なし」


 露の薄りが一巡したあと、ミーナは干し果実を親指ほどに刻み、露の残りで指の腹だけ濡らして“戻し”に回す。干し果実の酸が露に落ち、喉の奥が静かに開く。塩は使わない。香草は粉。

「水は露に任せる。火は石の温度だけ」ミーナが石を布で包み、鉢の底に置いた。「喉が水を欲しがらない」


 出立。帆布は低く、荷は締めたまま。谷の出口に草束の耳が三本、角度は谷へ二、丘へ一――昨夜と同じ。藍の粉は見当たらない。粉の話は、露の朝に負ける。

「耳は草、舌は露。紙はしまう」ライラが帆布の角度を半手下げる。

「輪になる前に抜ける」ヴォルクが隊列を二列に伸ばし、歩幅を揃えた。「合図は指で足りる」


 午の少し前、谷を抜ける肩で短い休止。火は使わず、朝の露で戻した果実を薄焼きの端に指で押し込み、陽の熱だけで温度をつける。鹿干しは針の太さに削って粉。塩は影。香草は粉。

「噛まずに舌で広げる。露の甘みで息が長い」ミーナが配る。

 バルドは端を頬に寝かせ、言葉を飲み込んでうなずいた。


 午後、草の背が再び低くなり、浅い石杭が列を作った。古い境の続き。杭の影に小さな竈跡。遠い丘の肩で黒い点が一度だけ揺れ、すぐに消える。鏡ではない。濡れ布でもない。目はいる。だが舌は遠い。

「耳は追いつかない。――草の倒れだけ読む」カイが草の筋を指でなぞる。

「良い。倒れの向きに乗って抜ける」ヴォルクは歩幅を一つだけ広げた。


 夕刻、緩い窪みに帆布を張って風を避け、灯は一つ。影は増やさない。増やす必要のない夜だ。露はもう拾えない。朝の残りの薄焼きを薄く裂き、鹿粉と香草粉を舌で溶かして飲み下す。温度は手の甲で温いところまで。

 商人は帳面を開き、短く書く。「本日の勘定:露受け・薄り・果実戻し、草耳の角度調整。歩幅、維持」

「紙は腹にならないが、腹は紙を運ばせる」ヴォルクの言葉に、草の穂が一度だけ、小さく触れ合った。


 星が出る。露の匂いは遠のき、道は前へ静かに延びていった。

読了感謝。ブクマ・評価が次の筆を軽くします。

朝に“あると嬉しい飲みもの”を一つ教えてください。

また明日。

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