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饗狼傭兵団戦記 〜腹を満たすまで〜  作者: 影道AIKA


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第034話 二灯の狼火

立ち寄りありがとう。深呼吸をひとつ、

今日の体と心を整えていこう。

更新は毎日11:00予定。無理なく、淡々と。

夜の底で、遠い丘の縁が短く明るんだ。北の谷に狼火が一つ、間を置いてもう一つ。風見塔の窓も応じて二灯――約束どおりだ。帆布は低く、灯は一つだけ。影は増やさない。合図は指で足りる。

「距離はある。輪ではない」カイが声を落とす。

「舌は灯、耳は風。いまは足で答える」ライラが頷き、荷の位置を半手だけ詰めた。

 ヴォルクは塔の影へ小さく頭を下げ、御者台の商人に目をやる。「夜明け前に動く。谷を避けて肩の裏へ」


 火は起こさない。ミーナが焙っておいた麦を布袋から指二つぶん取り、香草を揉んで粉にして混ぜる。干し肉の粉を爪先ほど。そこへ油を指でうっすら回し、掌の熱でまとめて薄い板に指で押し広げた。

「炒りいりこの塗り板。水は使わない。舌で溶かす」

 バルドが端をちぎって頬に寝かせ、噛まずに舌で押し広げた。「軽いのに、腹が起きる」

 商人は笑みを目尻だけに置いた。「水と火にやさしい。――歩幅が崩れない」


 白む前、帆布は低く、車輪は歌わない。草の谷を避け、丘の肩の裏を拾って進む。毛糸の小片が草の根に二度結びで絡み、風向きが変わった印を示していた。藍の粉は少ない。今夜は匂いと灯が話す番だ。

「肩の上、濡れ布の揺れはない」カイが指をひらりと立てる。

「狼火は合図の往復。追いは遅い」ライラは帆布の端を半手下げ、影を細くした。


 薄明かりが草の面を撫でる頃、石の浅い切れ目――古い車道の跡に出た。片側だけが少し高い。踏み返しを短くするには、ここが良い。

「ここで一息。喉を起こすだけ」ヴォルクが指を二度。

 ミーナは布袋から水を手のひら一杯だけ。粉のまま残しておいた炒り麦を指先でつまみ、柑橘の乾いた皮を爪の先ほど落として温度を移しただけの“温い”。湯ではない。香草は粉、塩は影。

「すすって、舌で押し広げる。声を上げないで済む飲み方」

 カイが一口すすり、耳を風に向けたまま頷く。「潜れる」


 丘の肩を回り、乾いた浅溝に滑り込む。遠い背中で二度、短く布が揺れた。真似るだけの“目”がいる。だが舌は遠い。こちらは溝を拾って音を消し、影の底で呼吸を揃えた。

 石の割れ目に、藍の点が三つだけ薄く残っていた。挽きは細い。街道の癖。風と灯に押し負け、話は途中で擦れている。

「耳はある。けれど、届かない」ライラが粉を指で払う。

「良い。届かない話は、こちらの足が上書きする」ヴォルクは短く告げ、歩幅を同じに刻んだ。


 日が上がり切る前に、低い灌木の陰で短い休止。火は猫の尻尾ほどにも起こさない。ミーナが夜の“塗り板”の残りを薄く裂き、香草の粉を指で弾いてから各自に回す。「噛まないで舌で溶かす。喉は静かに」

 商人は木片を掌で温め、口に落とした。「帳簿が前へ進む味だ」とだけ、低く。


 正午、草原は背をさらに低くして、石が多くなった。遠い丘の縁で、狼火はもう上がらない。風見塔の窓は一灯に戻り、羽根は静かな音を立てている。

「追いは切れた。――だが、耳は残る」カイが草の根の毛糸を拾って見せる。二度結び。風は東へ半手。

「なら、その風に乗る」ライラが帆布の角度を見て、商人に指を一つ。


 午後、古い石杭が数本、腰ほどの高さで並んでいる区間に入った。杭の陰には薄い竈跡。灰は冷えて久しい。バルドが車軸の鳴りを指で撫で、ミーナは鍋を布で拭く。

「夜は湯を少しだけ。炒り粉の残りを温い薄で伸ばす」ミーナが段取りを言う。

「生きてたら、増やせ」ライラがいつもの言葉で返す。

 御者台で商人が帳面を開き、短く書く。「本日の勘定:狼火二灯回避、肩裏通過、炒り粉塗り板。歩幅、維持」

 ヴォルクは頷きだけを返した。「合図は指で足りる。――今夜も灯は一つ」


 夕刻、風はやさしく、影は長く。帆布の陰に灯を一つ。増やさない。増やす必要のない夜だ。炒り粉の香りは短く残り、やがて草の匂いにほどけた。

 彼らの足音は、紙より先に道を更新していく。

読了感謝。ブクマ・評価が次の筆を軽くします。

いま手元にあると安心する“軽いおやつ”を一つ教えてください。また明日。

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